シュタイナー教育の一番の特徴は・・・

アメリカのシュタイナー教育者
ユージーン・シュワルツは、

 

シュタイナー教育の一番の特徴は

「つながり」だ!!!

 

と言いました。

 

教科が繋がっていること。

世界と繋がっていること。

教科の中のものごとも繋がっていること。

 

 

もちろん、他の特徴もたくさんあるのですが。

 

 

よくあるメインストリーム教育、

日本の教科教育では、

 

たとえば、

 

歴史を教えるのに、

いつ、何が起きたかは教えるけれど、

 

その出来事に関わっている人物がどんな人生を歩んだかなどは学ばないし、

できごとの背景にどんな人間模様があったかなんてことは、

 

 

切り捨てます。

 

 

テストに出ないですからね。

 

 

でも、何事も、

そこには人間がいて、

人間の心が動いていて、

人間同士のつながりがあって、

それらが起きている時代背景、

社会の状況、文化習慣などが、

ぜんぶ絡み合ってものごとが起きている。

 

 

もちろん、

それを全て学ぶことはできませんが、

 

情報をブツブツに切って、

「覚えていなくてはいけない情報」を、

生徒に伝えるだけでは、

「死んだ情報」が伝わるだけ。

 

 

そして、

そういう情報からは、

人の心は動きません。

 

どうして人間が醜い争いをすることになったのか、

そこに人間の有様なしで、

情報だけを見たところで、

 

本質はつかめない。

 

心も動かないし、

考える気にもならない。

 

 

 

 

なにが、どういけなかったのかかもわからないし、

 

 

 

どうしたら、

同じ過ちを繰り返さなくていいのかもわからない。

 

 

シュタイナー学校のエポックノート
こちらから画像引用させていただきました。

 

当たり前のことですが、

世界にある、

ありとあらゆるもの、ことは、

つながりあっています。

 

歴史と文化、芸術も繋がっているし、

数学ともつながる。

国語とも外国語とも、ぜんぶつながる。

 

 

それを、

切り刻むことは、

 

 

 

 

脳みそのシナプスをぶちぶち切るのと同じ。

 

 

つながりは多ければ多いほどいい。

そのつながりが、

強ければもっといい。

 

 

テストに出ない、余分で、無駄だと、

思う人もいるかもしれないような、

 

史実の背景にあること、

数学の裏話、

芸術家の人生、

 

・・・それらを学ぶことは、

確実に、つながりの数を増やし、

つながりを強くすることです。

 

 

無駄と思えるかもしれないけれど、

実は、

 

年号とできごとだけを知っている場合より、

年号とできごとを覚えやすくなるし、

他のたくさんのことも頭に入る。

 

そして、何よりも、

ものごとが生き生きと見えてくるということは、

 

 

 

 

「より深く考える」ようになる・・・ということ!

 

 

 

 

これって、

情報を暗記しているより、ずっと大切なことだと思いませんか?

 

 

 

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シュタイナー教育〜教科間のつながりの素晴らしさ、でも、もっと大事なこと

先日の記事「シュタイナー教育 一番の特徴は・・・」で、
シュタイナー教育の一番の特徴は「繋がりだ!」ということについて、書きました。

教科の中でのつながり。

切り取った情報ではなくて、
一見無駄とも思えるようなストーリーや裏話が、
生きた学びをつくりだす。

それが大事だってことは、
わかりやすいことだと思うのです。

ものすごく大事です。ほんと。

でも、わたしは、
シュタイナー教育の「繋がり」を考えたときに、
もっと大事なことがあると考えます。

それは、
心との繋がり。

言い換えると「道徳、倫理感」でもあるかもしれません。

高校の授業で「通信技術」のメインレッスンを見学させてもらったことがあります。

通信技術ですから、
電話から始まり、
無線の技術。
そしてもちろん、インターネットや衛星まで、
「科学技術」の話が進みます。

いろんな技術を学び、
その技術を作り出したひとの生き様も学びます。

そしてね、
「コミュニケーションってなんだ?」
というディスカッションもします。

コミュニケーションって、
会って話をしたり、
電話で会話をしたり、
文章で意思疎通しようとしたり、
文章にしても、
直筆の手紙だったり、
SNSのコメントや、LINEのようなチャットだって、
コミュニケーションなわけです。

その手段が変われば、
それぞれにマナーややり方があり、
うまく使わないと、誤解を招いたり、
喧嘩ごしの議論になった経験がある人も、
多いのではないでしょうか。

それぞれに、いいところもあり、悪いところもあり、
使いやすい部分も、使いにくい部分もあるけれど、
それをどう使っていくかというのは、
個人の判断でもあります。

どう使うか・・・というところに、
人間としての心が現れます。

 

ひとと、通じ合いたい。
理解しあいたい。
仲間や輪をひろげたい。
ひとに分かってもらいたい。
相手のことをもっとわかりたい。
ひとに、何かを伝えたい。

「コミュニケーションってなんぞや?」
という議論は、
「コミュニケーション」の道具である科学技術を学ぶうえで、
実は根本的な、人間の問いで、
そこをすっとばすと、

技術が、
人間の諍いの道具にもなるし、
犯罪にも利用される。

 

シュタイナー学校の授業は、
心を育てる内容が、
かならず授業に入っています。

でも、誤解しないでください。

変な道徳の授業のように、
お仕着せがましい倫理観を押し付けるのではないのです。

高校生だったら、
議論しあっていろいろ考えたり、
その技術の背景にある、
いろいろな現実、事件などを見て考えたりする。

小学生だったら、
たくさんの、お話をきいて、
世界の美しいこととか、
いいことをたくさん聞く。
悪いことをしたひと、間違いを犯したひとの話もきく。

そういうことを通して、
心を育て、世界のなかで、
いいこと、わるいことを、自分で考えられるようになっていく。

そんな心の教育が、教科教育のなかに、
切っても切れない存在として入っている。


それがシュタイナー教育。

教科を学ぶことはもちろん大事だけれど、
「道徳」「人の心」も、
学問につながっています。
「道徳」という教科をひとつ切り離して教えることは、
やはり死んだ教育です。

 

つながって初めて、心にとどきます。
心豊かな人間が育ちます。
すごく、すごく、大事なことです。

 

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