粘土で自分を育てる

先日、

「シュタイナー算数教育 教師養成講座」

のレッスンで、粘土造形をしました。

 

算数の先生を育てる講座ですから、

粘土の活動も算数(図形)に関連のあるもの。

板の助けも、粘土ヘラなどの道具も使わず、

手だけで造形していきます。

 

ものすごくシンプルな形。

この世の中で一番シンプルで整った美しい形・・・球を作る。

 

そして球から立方体への変容も。

 

 

 

シュタイナー学校で、粘土は陶芸用粘土を使います。

 

自然の粘土土だから、

手で触っているだけで、

自然の優しさ、自然の土ならではの感触があります。

 

だから、

粘土をしているだけで、

ヒーリング効果が大きいのです。

 

しかも、

粘土造形していると、体が温まってきます。

冷え性の子どもなどに、粘土をやらせてみると、

手足まで温まってきます。

 

そして、

粘土をすると、その日の夜、よく眠れます。

 

先日のレッスンでは、

受講生さんがFBにこんなコメントをしてくれました。

 

粘土を注意深く扱っていく中で、
手の使う場所によって、行う作業の質が違ったり、
粘土の形を整えていく中で、
「これって、人間関係?
これって、人生で物事に取り組むことの縮図?」
と言う思いが頭をめぐり、
これは老若男女みんなやるべき!と興奮状態に。
今回の立方体は、陶芸用粘土初体験と、
時間切れで、食パンの域を脱することができなかったけど、
今までの講義の中で一番興奮しました。
なんのこっちゃ?と思った方は
一緒に粘土、こねましょう、、、笑
ああ、今日もすごい講義でした♡♡
かよ先生、ありがとうございます♡

福澤千夏さん(横浜市 算数教室開設準備中!)

 

 

大人が粘土の体験をすると、

そこに反映される自分自身に直面。

そのプロセスに人生を重ね合わせるから、

人生の気づきがたくさんあります。

 

算数を学びながらも、人生のお勉強です。

シュタイナーのアートには、そんな力があります。

 

だから教員養成の講座では、

算数を教える力を身につけつつ、

実は自分育てをしているのです。

 

 

 

 

 

 

 

もうすぐ開講する

「お母さんのシュタイナー学校」

 

ここでも、粘土造形もやりますよ。

 

「お母さんのシュタイナー学校」は、

 

シュタイナー教育について系統立てて学び、

 

アートやクラフト、アクティビティ体験などを通して、
自分を育てる。

 

そしてディスカッションやシェアリングによって、
現実の問題を通してシュタイナー的解決を学ぶ。

 

シュタイナー的な価値観を持ったママ友が近くにいなくて、

思っていることを話せなくて、

欲求不満!!!

 

シュタイナー教育を子育てに取り入れたいけれど、

なかなか実際にはできない!!

 

そんなお母さんたちにも大いに役立つでしょう。

 

 

興味のある方は、どうぞ、ご覧くださいね。

現代の子どもが育つ環境は怖い・・・

今の子ども・・・

実体験が少ないと思う。

 

でも、

母の世代と現代の子どもの環境。

何が違うんでしょう?

そんな問いを、

ふと投げかけられました。

 

ゲームとかパソコンとかのメディアが、

今のお母さん世代にはあまりなかった。

今ほど、暮らしに浸透していなかった。


その違いは大きい。

それに、

昔の子どもの方が、

今よりはのんびりしていたし、

自分で何かをする自由も今よりはあった。

 

「もの」にせよ、

「やること」にせよ、

今ほど、何でもかんでも与えられていなかった。

この「やること」が与えられていなかった・・・っていうのは大きい。


時間を持て余すほど時間があって、

「退屈だー」

「何やろうーーー?」

って。

 

ハイテクどころかローテクのおもちゃもそんなにないし、

色々自由に買えるお金もない。


何にもないところから、

自分で遊びを作り出した。

 

自分で決めなければいけないこと、

自分で考えなければならないことが多かった。

 

自分でやらなきゃいけないことも多かった。

 

家の手伝いするにしたって、

お風呂の準備するのだって、

今みたいにボタン一つじゃできなかった。

水が溢れないように時間を計らなきゃいけなかったし、

ちょうどいい温度のお風呂にするには、

時間も、水量も、

自分で調節して、

自分の手で温度を確かめてから入らなきゃいけなかった。

 


忘れちゃって、

とても入れないくらい熱くなっちゃったりもして、

どのくらい水を入れたら適温になるのか試しながら、

どんだけ水入れてもまだまだ熱くて入れなくて、

もったいないけど熱いお湯を抜いて、

水を追加して。

そんな体験もした。

 
料理だって、

室温の調節だって。


自分の感覚を使わなきゃいけないし、

 

「15分後にお風呂の水を見にいこう」とか

意識しつつ、

「その間に、あれやってーー」

とか、いろんなことに意識を及ばせていないといけなかった。

 

知らないうちに、

現代人は、

ものすごく怠惰になってる。

 

感覚を使わなくていいし、

コンピュータが管理してくれてる。

 

自分の代わりに、コンピュータが覚えていて、

「お風呂が沸きました」

ってスピーカーから聞こえる。

 

大人も子供も、そんな暮らしにすっかり慣れてしまった。

位置関係知らなくたって、

道を調べなくたって、

ナビが教えてくれるしね。

 

全部、人差し指一本でできちゃう。

でも・・・

大人は、

「やり方も知ってるし、自分でできるけど、機械に頼って楽してる」


それに対して、子どもは、

「やり方も知らないし、自分でできないし、機械がやってくれちゃってる」

その違いはものすごく大きい。

 

子どもが・・・

練習したり、

覚えたり、

体験するチャンスはことごとく奪われてる。

 

「機械がやってくれるんだから、

そんなこと覚えなくていい。」

「機械の使い方知ってればいいんだもの。」

そう思いますか?

 

そう言って、

記憶力も機械に頼って、記憶力はなくなるばかり。

 

温度感覚もなく、

時間の感覚も、距離の感覚も、育たない。

 

実体験が乏しいまま教科書で色々習う。

実感伴わないまま=使えない知識。

 

 

そんな風に育って大人になっちゃう。

怖い・・・と思いませんか。

 

だから、

昔以上に、

私たち大人が、子供の実体験を強力にサポートする必要がある。

 

今の親は大変。

 

でも・・・

そのことに気づいた人は、

大きな一歩前進です。

 

シュタイナー教育は、

リアルな世界で実体験から学んでいく教育。

今の子どもの育つ環境で、

ものすごく欠けている大事なものを補う教育です。


       

シュタイナー学校のオーケストラとクワイア、ちょっと感動。

昨日は、学校のコンサートでした。

 

リハーサル風景

 

3、4年生から楽器を始めるシュタイナー学校の生徒たち。

年齢が上がるにつれて、

楽器をやめてクワイア(合唱)に移る生徒がいるのですが、

 

楽器をやめても、

オーケストラかクワイアどちらかに、

とにかく全員が参加します。

 

 

これまで、

色々なシュタイナー学校のコンサートを見て来ました。

 

イギリスもドイツもアメリカも。

 

学校によって色々特色あり、

課題もありますが、

 

今回のコンサートでは、

今までに経験したことのない、

とても嬉しいことがありました。

 

 

それは、高等部のオーケストラ。

 

 

多分、高等部の1/3くらいの人数なので、

そんなに大きくはないけれど。

 

 

ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界から」

第1、2、4楽章。

 

 

交響曲の一部分だけアレンジして演奏する

・・・というのは多々ありますが、

 

交響曲3楽章分を、

これだけ完成させて聞かせてくれた学校は、

今までにありませんでした。

 

 

というか・・・、

今までの学校は、

高等部で、交響曲を演奏できるだけの人数がいなかったというのが現実。涙

 

高等部の生徒数からして、イギリスでは少なかったし、

その中で高等部まで楽器を続けている生徒はさらに少なく・・・。

 

 

今の学校は、

ドイツの標準では、「小規模校」です。

 

 

それでも、

各学年30人以上はいる。

 

人数が多いと、

これだけのことを体験し、成し遂げることができるのか。

 

驚きの伴う・・・感動でした。

 

まとまった生徒数がいるということは、

大きなパワーになるんですね。

 

すごい。

 

 

 

シュタイナー学校の音楽のすごいところは、

「全員参加」というところです。

 

音楽専攻でもないし、

大学だってほとんどが音楽以外の道へ進む。

 

交響曲を聞かせてくれたこのオーケストラも、

楽器を習っている人全員のグループ。

 

 

つまり、

楽器が得意!!

・・・そんな子だけを集めたグループではないんです。

 

 

だから、

その中には、

すごく上手な子もいるけれど、

初級レベルの子もいる。

 

 

そんな生徒が集まって、みんなで作り上げる音楽。

 

かと言って、

上手な子の独断場で、初心者は立場がない

・・・なんてことはないんです。

 

 

だから、例えば、

高校生になってから新しい楽器を習い始めて、

ものすごい初心者だったとしても、

自分が初心者だと言って卑下しないし、

上手な人と比べて「自分なんて」と思って諦めてしまうということがない。

 

 

うまい人のことは素直に尊敬する。

でも、自分がまだ初級だって堂々としている。

 

 

シュタイナー教育のすごいところ。

自己肯定感が育っていること。

 

子供達の堂々とした姿に、

私はいつも感動してしまうのです。

 


 

シュタイナー教育を全ての人に

「全ての人」、つまり、子どもも大人も。

 

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それは、大人も子供も幸せになる教育。詳しくはこちらをご覧ください

 

 

 

 

小さいけれど大事なシュタイナー学校の習慣。それは日本でも取り入れられること。

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シュタイナー学校の朝の光景。

子どもたちが登校してくる。

 

担任の先生が、教室の入り口に立っている。

子どもたちは、先生と握手し、

一言二言言葉を交わし、

教室に入っていく。

 

シュタイナー学校では当たり前の光景。

 

でも、高等部になると当たり前でもなく、

イギリスでは高等部ではこの光景を見ませんでした。

 

ドイツに来て、

この学校に来たら、

高等部も全員、朝先生と握手してる。

 

そう聞いて、

嬉しくて涙出そうになった。

 

 

たかが握手。

でも、子どもたちと、

肌を触れ合わせるってすごいことです。

 

しかも、毎朝。

 

肌を通して伝わってくることって、

驚くほど多い。

 

普段、言葉と目からの情報だけに頼ってると、

触れた時、いつもと全く違う印象を子供から受け取る。

今まで知らなかった子どもの一面に出会うような衝撃さえある。

 

親子だけじゃなくて、

教師と生徒だってスキンシップは大事。

単純に距離を縮めることにもなる。

 

ハグするだけで心を溶かし、

喧嘩が終わることもある。

 

 

日本って、

本当に、人に触れない文化ですよね。

 

それもいいのだけど。

 

もっとスキンシップが普通になったら、

それで救われる子どもは増えると思うのです。

 

 

自分の子供時代を振り返る。

 

私に直接触れたことある先生なんて、

保健の先生くらいかな。

 

毎日顔をあわせる先生に、一度も触れたこともない12年間。

 

私は先生が大好きだったのに、

先生はいつもすごく遠い存在だった。

 

学校では、

先生はクラスという団体は見ていても、

私のことなんて何一つ知らない・・・って思ってました。

 

私は、クラスの一人だけど、

「石川華代」という個人ではない。

少なくとも、先生は、私という人間を見ていてくれない。

 

そんな印象。

 

学校なんてそんなもの。

先生なんてそんなもの。

 

それが、私の12年間の体験。

 

教員になって、教えてみて、

たとえ、40人のクラスだとしても、

教師の一人一人への想いは強いということもわかりました。

 

教師にとって、生徒は、やはり愛すべき対象なのです。

愛してやまない人たちなのです。

 

でもね、240人とか教えてるわけで。

どうしても、1年間一言も直接言葉を交わさない子も多くてね。

 

 

それって、おかしくないですか?

 

言葉も交わさず、肌も触れず。

 

 

・・・って思うのは、

海外暮らしだからかな。

 

ハグまでしなくていい。

 

でも、

握手くらいだったら、

日本の教室でも始められるんじゃないか。

きっと、そこから見えてくるものが、たくさんあると思う。

 

毎日、手を触れ合わせて、

毎日、最低でも一言二言言葉を交わしていたら、

教師と生徒の距離は、ずっと縮まるはず。

 

 

 

あーあー。

ZOOMレッスンでも握手できたらいいのにな。(笑)

 

 


今、次のプロジェクトを準備中です。

シュタイナー教育を、より多くの子供に届けるための、プロジェクト。

 

これをしなくては、

シュタイナー教育を多くの子供に届けることはできない。

 

そう思って、

ずっと考えていて、

今まで実現できずにいたものが、

この春、形になります。

 

ワクワク。

 

近々発表しますね。どうぞお楽しみに。

 

 


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粘土を使った図形の学び~詳しい説明付き。真似してやって見てくださいね。

今日は、

ZOOMのレッスンで粘土で図形体験。

 

 

粘土で作ると、

中身のしっかり詰まった「立体」が出来上がります。

 

 

切ることもできるので、

教科書にあるような切断面の学習も、

すんなりと理解できる。

 

 

でも、

シュタイナー教育的に、

粘土造形の大事なポイントは、

「変容」ーーー形が変わっていく体験をできること。

 

 

今回も、

ただの粘土の塊から、

板の上ではなく、両手の中で、

完璧に近い「球」へと変形させて行きました。

 

球を作るだけでも、

「完璧」を求めると、かなり大変です。

吸い込まれるような作業です。

 

そして、

手を使いながら、頭も使う。

バランス感覚も磨く。

リズム感も大事。

 

 

球が出来上がった後は、

そこから「立方体」に少しずつ変形させて行きます。

 

 

少しずつ変形させて行くと、

平面(面)ができてきて、

直線(辺)ができてきて、

最後に、点(頂点)ができてきます。

(実際にやってみるとよくわかります。)

 

 

こうやって言葉で説明するとわかりにくいのだけど、

実際に言われた通りに手を動かしていると、

手の中で、形が変わって行くのが見て取れる。

 

 

まるで、

手の中で生き物が育っていくのを見ているみたいです。

 

 

で、さらに、

立方体の3つの頂点を結ぶような平面で切断する。

 

同じ形を4つ切り落とす。

 

 

で、現れた形は・・・・??

 

 

想像するのも楽しいですが、

現れた形は結構意外で不思議です。

 

 

 

 

そんなことをね、

実際にZOOMレッスンでやるわけです。

 

 

図形の勉強というと、

 

教科書の図を見る

作図をする

図形を描く


普通はその程度です。

 

 

これで、

立体の模型を紙で作るような体験ができれば、

もっといい。

 

でも・・・、

 

 

立体は立体でも、

紙で作った模型は、

形が決まってしまっています。

 

 

いろんな立体に、相互関係があって、

その繋がりがあるのに、

紙で模型を作るだけだと、

繋がりは見えてこない。

 

 

粘土だと、それが、身を以て体験できる。

 

 

すごいのですよ。

粘土の学びは。

 

感性豊かなうちにこの体験をちゃんとすることで

世界観が変わります。

ものをみる視点が変わります。

 

洞察する力が育ちます。

 

 

いいなあ・・・

我が子にもそんな体験をさせてあげたいなあ。

と思いませんか?

 

 

アートクラフトプログラムでも

粘土造形のレッスンを掲載していて、

そこでもやっています。

 

 

でも、

なかなか自分では教えられない。(涙)

 

 

というお母さんも多いのではないでしょうか。

 

確かに、

もう何十年も粘土なんて触っていない人がほとんどですし、

抵抗ありますよね。

 

しかも、

子供にうまく説明するのも難しい。

 

上で説明したような粘土造形のアクティビティ。

球から立方体、

それを切断していく体験を、

教えるのは、慣れていないと結構大変です。

 

 

慣れてない分、

自分の作業で手いっぱいになっちゃったりして、

説明どころじゃないしね。

 

 

 

 

 

 

 

で、

 

この貴重な体験を子供にさせることを

・・・・・・・・・諦めますか?

 

 

 

そういうお母さんのために、

私が直接、ZOOMで算数や数学を教えています。

 

 

もうすぐ春休みなので、

体験レッスンを特別企画しようと思っています。

告知をどうぞお楽しみに。

 

 

 


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シュタイナー学校の担任制はいいのか!?

シュタイナー学校のクラス担任は、

1年生~8年生まで、

一人の担任が持ち上がります。

 

 

8年間、一つのクラスを教える。

 

 

ただ・・・、

8年間続けるのは本当に難しい。

私だったら無理・・・って思う。

 

 

実際のところ、

アメリカのデータでは、

シュタイナー学校の担任が8年間教えるケースは、

半分以下とのこと。

 

 

先日こういう記事を読みました。

 

世界一の教育国・オランダが実践する「まったく新しい小学校担任制」

 

オランダでは、

一つのクラスを、

複数の担任が入れ替わりで教える。

 

 

例えば、

月、火はA先生。

水~金はB先生。

というように。

 

 

オランダの労働形態として

「ワークシェアリング」が普及していて、

フルタイムで働かないことが一般的になっているのも一つの理由。

 

 

でも、

担任が二人いて、

代わる代わる交代して教えることで、

「担任ハズレ」がなくなる。

(少なくなる)

 

 

確かに。

 

 

シュタイナー学校で、

担任がハズレたら・・・、

 

 

8年間、ハズレの担任と一緒って、

耐えられないでしょ?

 

 

しかも学費払って、

担任がハズレじゃ・・・。(汗)

 

 

だから、

担任が納得できない場合は、
学校を辞めちゃうケースもあります。

 

 

私は、

今まで7校のシュタイナー学校に関わってきました。

 

 

確かに、

この先生はいまいち・・・

という先生はいました。

 

 

いまいち、というのは、

「シュタイナー教師としてどうなんだ?」

という意味でね。

 

 

生徒を贔屓するとか、

ちゃんと教えないとか、

生徒を全くみていないとか、

クラスの問題を無視するとか、

いじめの問題を放置するとか・・・・

 

「教師としてまずいんじゃないの!?」

という行動をする担任の先生には、

シュタイナー学校で出会ったことがありません。

 

 

シュタイナー学校では、

一人の担任が8年生まで教える。

 

 

でも、日本の小学校のように、

一日中、担任が教えるっていうことはありません。

 

 

朝一番の、

エポック授業は担任が教えるけれど、

そのあとの専科の授業は、

専門の先生が来て教えます。

 

 

だから、

いろんな先生が、

子どもたちのことを、

違った視点から見ています。

(教科が違うと、先生が見るポイントも違う。)

 

 

そして、

子どもたちのことを先生全員で見つめて、

問題を解決して行く、

「チャイルド・スタディ」というのもあるんですね。

 

 

つまり、

学校全体で、一人一人の子どもを見ている。

 

 

しかも、

その見方の深いこと。

 

 

親として、

シュタイナー学校の先生と話をして、

泣けてきたことがあります。

 

何回も。

 

それは、

先生が、あまりにも我が子のことを理解していてくれるから。

 

 

上っ面のことだけじゃなく、

 

 

今は見えなくても、実は子どもが秘めている力のこと、

可能性のこと・・・

今だけのことじゃなくて、

1年生からずっと、そして、将来のことまで、

ずっと見てくれてる。

 

 

こんなにもよーく見ていてくれる人がいる

・・・っていうだけで、

もう親としては、

最大の理解者を得た気分。

 

 

親の辛さも、

肩に乗ってる重荷も、

一人で抱え込まなくても、

この先生はわかってくれて、

子どもに添っていてくれてるんだ・・・って。

 

 

ボロボロ・・・泣きました。

 

 

一人の担任が8年間。

 

 

それは、確かに、

ハズレの可能性もあるけれど、

 

 

子どものことを、

ものすごく深く理解して、教えてくれる力強い存在が、

子どもと親のそばにいてくれる・・・

 

その可能性もすごく高い。

 

 

これって、

 

人生観とも繋がってきます。

 

 

危険を避けようとしながら、

無難な道を選ぶか?

 

それとも・・・、

 

より良い結果を求めて、

ちょっと冒険のある道を選ぶか?

 

 

どっちの方がいい、

なんていう答えはありません。

 

人それぞれの人生観だから。

 

 

でも、

シュタイナー教育は、

より良いものを追い求める。

 

 

問題を取り除いて安全な道を行こうとするんじゃなくて、

問題があるかもしれないけど、

ベストを目指して信じる方向へ行こう・・・。

 

 

うまくいかなかったら、

解決策を見つけて、

問題を乗り越えていけばいい。

 

 

そういう芯の強さがあるんですね。

 

 

シュタイナー教育そのものにある、

そういう芯の強さは、

やっぱり、

そこで育つ子どもたちの将来像になっていきます。

 

 

教育の根っこにある「思想」って、

ものすごく大事ですね。

 


 

チャイルド・スタディについては、

今月末に発行になる「こくご教室テキスト(第3巻)」にものすごく詳しく書かれています。

先生だけじゃなくて、お母さんが、我が子を見つめて理解するのにも役立ちます。

 

親だから、近くに良すぎるから、

我が子のことが見えなくなる・・・っていうこともありませんか?

そういう時にも、このチャイルド・スタディはオススメです。

 

シュタイナー教育、スピリチュアルか? 現実主義か?

シュタイナー教育、スピリチュアルか? 現実主義か?

なんか、そんな話題をどこかで見かけました。

 

 

シュタイナー教育はスピリチュアル教育。

間違ってないです。

 

シュタイナー教育は現実主義。

これも間違ってないです。

 

 

子供を見ること、

子供に即した現実を見て、

子供の育つ環境を現実として受け止め、

地に足ついた教育をする。

 

シュタイナー教育はそんな教育です。

 

ただ、

子供の「現実」を見たときに、

子供に何を見るか・・・だと思うのです。

 

人間はスピリチュアルな存在である。

・・・ということ、

皆さんはどう思いますか?

 

現代科学で測定できないところがあったり、

五感だけでは感じ取れないものが人間にある。

 

天使だとか宇宙だとか神様だとか、

スピリチュアルの種類(っていうのも変だけど)によって、

言い方は違うけれど、

多くの人が、

スピリチュアルなものを感じ取るようになってきている。

 

私は、「人間はスピリチュアルな存在である」と信じて疑いません。

目に見えない部分を含めた、人間全体を見ていたら、

スピリチュアルなものがあるのが当たり前だと思っています。

 

 

だから、

子供を見たときに、

五感で感じ取れる部分だけで判断しない。

 

子供の全体を見ると、

スピリチュアルであることが動かしがたい現実なんです。

 

 

先日のブログにも書いた「チャイルドスタディ」は、

現実の子供を見るけれど、

現実の子供を通してスピリチュアルの部分も理解しようとする行為です。

そして、スピリチュアルな力も使って、

子どもを理解し、子どもの問題を解決していく行為です。

 

 

シュタイナー教育の先生は、

毎日の学校生活から、夜寝るまでの子どもについての瞑想まで、

精神的なもの、スピリチュアルな部分を含めた子供に積極的に関わろうとしている。

 

その基盤となっているのが人智学です。

 

先生の中には、

人智学を語る人もいれば

あまり語らない人もいる。

 

子供をどう見るか。

スピリチュアルな部分を含めての全体としての子供とどう関わっていくか。

そして教科の中にもスピリチュアルなものを見ているか、見ていないか。

 

 

それは、人智学を語らなくても、

その先生の教育のあり方に現れています。

 

 

怖いと思うのは、

どっちかに偏りすぎていることだと思うのです。

 

人智学をよく勉強しているけれど、

子供を見ていない。

または、自分の生き方に人智学が生かされていない。

 

子供を見ることに熱心だけど、

目に見える部分ばかり見ている。

(スピリチュアルなことを見ていない)

 

それでは片手落ち。

 

いいバランスを保っていたいですね。

親としても、教師としても、

一人の人間としても。

個々の子どもを理解する方法〜シュタイナー学校でやっている事

 

 

個々の子どもを理解すること。

 

 

学校教員として、指導者として、子どもに接する大人として、

 

そして、親として。

 

 

子どもを理解していると思っているときも、

理解できないと悩んでいる時も、

 

 

大人には見えていない子どものあり方、姿があります。

 

 

人は何かと「判断」して物事を見がち。

 

「~~はこういうものだ」

「~~はこういう子だから」

「過去に~~をしたから」

「末っ子だから」

「この子は多血質だから」

・・・など。

 

でも、

そういう眼で見てしまうと、

本当の姿が曇って見えてしまう。

 

ラベルを貼らない。

型にはめない。

その子、そのままの姿を、偏見を交えず、ただ見る。受け止める。

 

それが理解の第一歩です。

 

理解できたら、自分がどんな対応をしたらいいのか、

問題をどうやって解決したらいいか。

その糸口がストレートに見えてくる。

 

 

シュタイナー学校で、

一人一人の子どもを理解する時、

「チャイルドスタディ」というものをします。

 

 

教員全員が集まって、

一人の子どもについて観察し、シェアしあう。

 

その観察は、

一般の職員会議などによくありがちな、

問題の原因になりそうな友達関係や家庭環境とか・・・ではなく・・・

 

 

そんなことよりまず!!!

 

子どもがどんな姿をしているのか、

歩き方は?

骨格は?

肌の色は?

体の大きさは?

体の特徴は?


そんなところから始めます。

 

 

シュタイナー学校でやっていることなのだけど、

これは、親がやるのもすごく価値があると思うのです。

 

 

親だもの。

そんなこと、今更観察しなくてもわかってる・・・って思いますか?

 

 

生まれてからずっと毎日見てるんだもの。

わかってますよね。

 

でも、改めて、もう一度、見てみる。

 

そこから見えてくることが、

気づくことがたくさんあります。

 

そして、そうやって見ていると、

自分の親としての、子どもの見方が変化しているのが分かります。

 

 

自分(親)が変化する。

それは自分の行動が変化するということ。

口にする言葉が変わるということ。

子育てが変わるということ。

 

 

そんな「チャイルドスタディ」についても、

もうすぐ発行になる書籍でかなり詳しく述べられています。

 

 

書籍は最後の微調整に入ってます。

ああ、もうすぐ完成ーーーー。

 

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外国語習得したかったら忘れてはいけない大事な事

私も外国語(英語)習得には苦労しました。
今も苦労してます。
この年齢から1から学ぶ外国語(ドイツ語)。(涙)

 

私は、語学の才能はないのです。(きっぱり)

 

 

中学で英語を初めて習い、それ以来ずっと英語嫌い。
英語にはコンプレックス大有り。

 

英語圏暮らしも長かったので、今ではさすがに英語を使えるようになりましたが、医療系とか経済、法律など、専門的なことになると今でも泣きたくなります。

 

英語にはほんとに苦労してきています。

 

でも、そういう経験をしたからこそ、力を込めて言えることがあります。

 

語学は、体にしみこまないと使えない。

言い換えます。

語学は、頭で考えずに言葉が出てくるようにならなきゃ使えない。

 

 

シュタイナー教育的に年齢に応じた教育を考えると、
中学くらいからは頭に直接はたらきかけることをします。

 

だから、その年齢になって、

文法などの理論を頭で理解しようとすることは、
意味があることなのです。

 

 

でも・・・、

頭だけに働きかけて、語学を頭だけで理解しようとすると・・・

使えないんですね。

 

頭で考えてから言葉を発していたら、
絶対的に遅い。

自分の思考、相手の思考に言葉がついていかない。

会話だって読むのだって書くのだって、
リアルの世界で全然使えない〜。(涙)

 

シュタイナー教育的にいうと・・・、

での理解は浅い。
で感じると、もうすこし深い理解。
まで習得すると、しっかり身につく

 

そう「身につく」という言葉、そのままなんです。

 

体で習得した事は忘れません。

一度自転車に乗れるようになったら、自転車の乗り方を忘れないでしょ。

一度自動車の運転を身につけたら、
頭で
「いまアクセルをふむぞ」
「いまクラッチをふんでギアをかえて」
なんて考えません。

 

 

運転の理屈などは覚えていなくても
体が覚えている。

(私は、運転の仕方を説明しようとしたら「あれ?」って考えちゃうけど、マニュアル車をブイブイ言わせて運転しています。体が覚えてるから。)

 

 

体が覚えているから使えるようになる。

語学も、そこまでやって、や〜っと使えるようになる。

 

 

中学から一生懸命文法を理解して、たくさん暗記した。

 

例文も、考えながら文をつくっている程度では忘れる。

考えていないけれど、
口から勝手にでてくるくらいになって、
やっと使えるようになる。

 

 

 

シュタイナー学校では小学校1年生から外国語2つ習います。

 

とくにこの年齢では頭に働きかけず、
体で覚えるのですね。

歌を歌う。
歌詞が口からスラスラと出てくるようになるまで、
何回も楽しく歌う。

昔しっかり覚えた歌詞って、
何年もたっても、曲が流れてきた途端に口ずさんじゃったりする。

体にしみこんでいるから。

 

アクティビティをしながら英語を使う。

行動と英語が結びついて体験しているから、
ずっと覚えている。

 

 

 

習うより慣れよ。

そんな言葉がありますが、

英語学習の、とくに小学校までは、本当に大事なことです。

 

そして中学生以上の場合、

「習うより慣れよ」ではなくて、
「習う(頭)」と「慣れる(体)」をバランス良くつかう。

 

「習う」だけでは浸透しない。
「慣れる」だけでは効率悪い。

バランス良く取り入れることで、効率良く、深く習得できる。

 

とにかく、
最終的には体まで浸透させないと使えないですからね。

 


シュタイナー学校卒の友達(アメリカ人)の話。

彼女は、シュタイナー学校で小学校1年生から8年生までドイツ語を習いました。

 

で、
「もう、さっぱり話せないし、覚えてないわ。」
とサラッと言う。

 

そして、続けて言うのです。
「でもね、話す環境になったら、きっと思い出すわ。わたしの根っこのところにはちゃんと生きているから。・・・教育ってそういうものでしょ。」

 

 

 

「教育ってそういうもの」

・・・そう自信をもって言えるような教育を受けてきた彼女。

うらやましい・・・。(心の叫び)

 

 

 


 

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体験を通して英語を習得するプログラムもあります。

絵本とたくさんのアクティビティ。

世界で活躍する元シュタイナー教師、英語・語学・英語絵本のスペシャリスト、しかも料理の専門家、モラー直子先生による講座です。

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シュタイナー学校の課題は変わっている?〜アーティスティックプレゼンテーション

 
シュタイナー学校の課題で度々出るもの。
学んだことを、アートで表現しなさい・・・という課題。
 
文学、数学、科学、歴史、地理など、どんな教科でも。
 
想像つきますか?
たとえば、数学を勉強して、そのあとに「アートで表現しなさい」って。 
 
アートもさまざまです。
絵や彫塑などの立体作品かもしれない。手仕事で刺繍や編み物などでもいい。音楽でもいい。(作曲とか演奏とか)詩を書く生徒もいます。スピーチや演劇だってアートになります。
 
 
そんなの数学と関係ない!・・・って思うかもしれないけれど、アートで数学を表現するためには、根本的なところ、しかも深くまで理解していることが必須なのです。
 
アートだったらなんでも良い。でもなんでもいいって言われることは簡単なようでいて一番難しい
 
なにをやろう?
なにをやれば学んだことをうまく表現できるんだろう?
どんなアートだったら自分にできるんだろう!?
なんだったら実現可能なんだろう?
(予算や時間なども考えないと!)
思いっきり悩みます。
わたしも、はじめてそういう課題をシュタイナーカレッジで出されて、おそろしく悩みまくりました。
 
 
そして何かを生みだすためには、学習内容の深い考察が必須です。
 
 
一般の教育では、数学の学習到達度を判断するにはペーパーテストをします。欧米では口述試験もあります。ペーパーテストで良い点をとるためには、「きまったやりかたで期待された通りに書く」ということができなければいけない。数学はわかっていても書くのが苦手な生徒は良い点をとれない。ものすごく良い考えを持っていて口では人を感動させるようなスピーチをできるような子でも、それを文章にすることが苦手だったら、試験ではいい点はとれません。口述試験では、話すのが苦手な子には不利です。

書けないから、話せないから、学習内容は達成できてない・・・って判断されるのっておかしくないですか?

 
 
 
 
アートでの表現はなんでもあり。アートはインスピレーションだから。しかも、自分の得意とするアートを選べば良い。
 
 
 
シュタイナー学校の先生には、生徒の作品と、生徒の日々の様子、エポックノートなどの作品の出来をみていれば、生徒の学習到達度は明らかです。
 
そして評価する目的だけではなくて、その制作過程そのものが学びなのです。