シュタイナー教育、スピリチュアルか? 現実主義か?

シュタイナー教育、スピリチュアルか? 現実主義か?

なんか、そんな話題をどこかで見かけました。

 

 

シュタイナー教育はスピリチュアル教育。

間違ってないです。

 

シュタイナー教育は現実主義。

これも間違ってないです。

 

 

子供を見ること、

子供に即した現実を見て、

子供の育つ環境を現実として受け止め、

地に足ついた教育をする。

 

シュタイナー教育はそんな教育です。

 

ただ、

子供の「現実」を見たときに、

子供に何を見るか・・・だと思うのです。

 

人間はスピリチュアルな存在である。

・・・ということ、

皆さんはどう思いますか?

 

現代科学で測定できないところがあったり、

五感だけでは感じ取れないものが人間にある。

 

天使だとか宇宙だとか神様だとか、

スピリチュアルの種類(っていうのも変だけど)によって、

言い方は違うけれど、

多くの人が、

スピリチュアルなものを感じ取るようになってきている。

 

私は、「人間はスピリチュアルな存在である」と信じて疑いません。

目に見えない部分を含めた、人間全体を見ていたら、

スピリチュアルなものがあるのが当たり前だと思っています。

 

 

だから、

子供を見たときに、

五感で感じ取れる部分だけで判断しない。

 

子供の全体を見ると、

スピリチュアルであることが動かしがたい現実なんです。

 

 

先日のブログにも書いた「チャイルドスタディ」は、

現実の子供を見るけれど、

現実の子供を通してスピリチュアルの部分も理解しようとする行為です。

そして、スピリチュアルな力も使って、

子どもを理解し、子どもの問題を解決していく行為です。

 

 

シュタイナー教育の先生は、

毎日の学校生活から、夜寝るまでの子どもについての瞑想まで、

精神的なもの、スピリチュアルな部分を含めた子供に積極的に関わろうとしている。

 

その基盤となっているのが人智学です。

 

先生の中には、

人智学を語る人もいれば

あまり語らない人もいる。

 

子供をどう見るか。

スピリチュアルな部分を含めての全体としての子供とどう関わっていくか。

そして教科の中にもスピリチュアルなものを見ているか、見ていないか。

 

 

それは、人智学を語らなくても、

その先生の教育のあり方に現れています。

 

 

怖いと思うのは、

どっちかに偏りすぎていることだと思うのです。

 

人智学をよく勉強しているけれど、

子供を見ていない。

または、自分の生き方に人智学が生かされていない。

 

子供を見ることに熱心だけど、

目に見える部分ばかり見ている。

(スピリチュアルなことを見ていない)

 

それでは片手落ち。

 

いいバランスを保っていたいですね。

親としても、教師としても、

一人の人間としても。

個々の子どもを理解する方法〜シュタイナー学校でやっている事

 

 

個々の子どもを理解すること。

 

 

学校教員として、指導者として、子どもに接する大人として、

 

そして、親として。

 

 

子どもを理解していると思っているときも、

理解できないと悩んでいる時も、

 

 

大人には見えていない子どものあり方、姿があります。

 

 

人は何かと「判断」して物事を見がち。

 

「~~はこういうものだ」

「~~はこういう子だから」

「過去に~~をしたから」

「末っ子だから」

「この子は多血質だから」

・・・など。

 

でも、

そういう眼で見てしまうと、

本当の姿が曇って見えてしまう。

 

ラベルを貼らない。

型にはめない。

その子、そのままの姿を、偏見を交えず、ただ見る。受け止める。

 

それが理解の第一歩です。

 

理解できたら、自分がどんな対応をしたらいいのか、

問題をどうやって解決したらいいか。

その糸口がストレートに見えてくる。

 

 

シュタイナー学校で、

一人一人の子どもを理解する時、

「チャイルドスタディ」というものをします。

 

 

教員全員が集まって、

一人の子どもについて観察し、シェアしあう。

 

その観察は、

一般の職員会議などによくありがちな、

問題の原因になりそうな友達関係や家庭環境とか・・・ではなく・・・

 

 

そんなことよりまず!!!

 

子どもがどんな姿をしているのか、

歩き方は?

骨格は?

肌の色は?

体の大きさは?

体の特徴は?


そんなところから始めます。

 

 

シュタイナー学校でやっていることなのだけど、

これは、親がやるのもすごく価値があると思うのです。

 

 

親だもの。

そんなこと、今更観察しなくてもわかってる・・・って思いますか?

 

 

生まれてからずっと毎日見てるんだもの。

わかってますよね。

 

でも、改めて、もう一度、見てみる。

 

そこから見えてくることが、

気づくことがたくさんあります。

 

そして、そうやって見ていると、

自分の親としての、子どもの見方が変化しているのが分かります。

 

 

自分(親)が変化する。

それは自分の行動が変化するということ。

口にする言葉が変わるということ。

子育てが変わるということ。

 

 

そんな「チャイルドスタディ」についても、

もうすぐ発行になる書籍でかなり詳しく述べられています。

 

 

書籍は最後の微調整に入ってます。

ああ、もうすぐ完成ーーーー。

 

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外国語習得したかったら忘れてはいけない大事な事

私も外国語(英語)習得には苦労しました。
今も苦労してます。
この年齢から1から学ぶ外国語(ドイツ語)。(涙)

 

私は、語学の才能はないのです。(きっぱり)

 

 

中学で英語を初めて習い、それ以来ずっと英語嫌い。
英語にはコンプレックス大有り。

 

英語圏暮らしも長かったので、今ではさすがに英語を使えるようになりましたが、医療系とか経済、法律など、専門的なことになると今でも泣きたくなります。

 

英語にはほんとに苦労してきています。

 

でも、そういう経験をしたからこそ、力を込めて言えることがあります。

 

語学は、体にしみこまないと使えない。

言い換えます。

語学は、頭で考えずに言葉が出てくるようにならなきゃ使えない。

 

 

シュタイナー教育的に年齢に応じた教育を考えると、
中学くらいからは頭に直接はたらきかけることをします。

 

だから、その年齢になって、

文法などの理論を頭で理解しようとすることは、
意味があることなのです。

 

 

でも・・・、

頭だけに働きかけて、語学を頭だけで理解しようとすると・・・

使えないんですね。

 

頭で考えてから言葉を発していたら、
絶対的に遅い。

自分の思考、相手の思考に言葉がついていかない。

会話だって読むのだって書くのだって、
リアルの世界で全然使えない〜。(涙)

 

シュタイナー教育的にいうと・・・、

での理解は浅い。
で感じると、もうすこし深い理解。
まで習得すると、しっかり身につく

 

そう「身につく」という言葉、そのままなんです。

 

体で習得した事は忘れません。

一度自転車に乗れるようになったら、自転車の乗り方を忘れないでしょ。

一度自動車の運転を身につけたら、
頭で
「いまアクセルをふむぞ」
「いまクラッチをふんでギアをかえて」
なんて考えません。

 

 

運転の理屈などは覚えていなくても
体が覚えている。

(私は、運転の仕方を説明しようとしたら「あれ?」って考えちゃうけど、マニュアル車をブイブイ言わせて運転しています。体が覚えてるから。)

 

 

体が覚えているから使えるようになる。

語学も、そこまでやって、や〜っと使えるようになる。

 

 

中学から一生懸命文法を理解して、たくさん暗記した。

 

例文も、考えながら文をつくっている程度では忘れる。

考えていないけれど、
口から勝手にでてくるくらいになって、
やっと使えるようになる。

 

 

 

シュタイナー学校では小学校1年生から外国語2つ習います。

 

とくにこの年齢では頭に働きかけず、
体で覚えるのですね。

歌を歌う。
歌詞が口からスラスラと出てくるようになるまで、
何回も楽しく歌う。

昔しっかり覚えた歌詞って、
何年もたっても、曲が流れてきた途端に口ずさんじゃったりする。

体にしみこんでいるから。

 

アクティビティをしながら英語を使う。

行動と英語が結びついて体験しているから、
ずっと覚えている。

 

 

 

習うより慣れよ。

そんな言葉がありますが、

英語学習の、とくに小学校までは、本当に大事なことです。

 

そして中学生以上の場合、

「習うより慣れよ」ではなくて、
「習う(頭)」と「慣れる(体)」をバランス良くつかう。

 

「習う」だけでは浸透しない。
「慣れる」だけでは効率悪い。

バランス良く取り入れることで、効率良く、深く習得できる。

 

とにかく、
最終的には体まで浸透させないと使えないですからね。

 


シュタイナー学校卒の友達(アメリカ人)の話。

彼女は、シュタイナー学校で小学校1年生から8年生までドイツ語を習いました。

 

で、
「もう、さっぱり話せないし、覚えてないわ。」
とサラッと言う。

 

そして、続けて言うのです。
「でもね、話す環境になったら、きっと思い出すわ。わたしの根っこのところにはちゃんと生きているから。・・・教育ってそういうものでしょ。」

 

 

 

「教育ってそういうもの」

・・・そう自信をもって言えるような教育を受けてきた彼女。

うらやましい・・・。(心の叫び)

 

 

 


 

e-waldorf には、

体験を通して英語を習得するプログラムもあります。

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世界で活躍する元シュタイナー教師、英語・語学・英語絵本のスペシャリスト、しかも料理の専門家、モラー直子先生による講座です。

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シュタイナー学校の課題は変わっている?〜アーティスティックプレゼンテーション

 
シュタイナー学校の課題で度々出るもの。
学んだことを、アートで表現しなさい・・・という課題。
 
文学、数学、科学、歴史、地理など、どんな教科でも。
 
想像つきますか?
たとえば、数学を勉強して、そのあとに「アートで表現しなさい」って。 
 
アートもさまざまです。
絵や彫塑などの立体作品かもしれない。手仕事で刺繍や編み物などでもいい。音楽でもいい。(作曲とか演奏とか)詩を書く生徒もいます。スピーチや演劇だってアートになります。
 
 
そんなの数学と関係ない!・・・って思うかもしれないけれど、アートで数学を表現するためには、根本的なところ、しかも深くまで理解していることが必須なのです。
 
アートだったらなんでも良い。でもなんでもいいって言われることは簡単なようでいて一番難しい
 
なにをやろう?
なにをやれば学んだことをうまく表現できるんだろう?
どんなアートだったら自分にできるんだろう!?
なんだったら実現可能なんだろう?
(予算や時間なども考えないと!)
思いっきり悩みます。
わたしも、はじめてそういう課題をシュタイナーカレッジで出されて、おそろしく悩みまくりました。
 
 
そして何かを生みだすためには、学習内容の深い考察が必須です。
 
 
一般の教育では、数学の学習到達度を判断するにはペーパーテストをします。欧米では口述試験もあります。ペーパーテストで良い点をとるためには、「きまったやりかたで期待された通りに書く」ということができなければいけない。数学はわかっていても書くのが苦手な生徒は良い点をとれない。ものすごく良い考えを持っていて口では人を感動させるようなスピーチをできるような子でも、それを文章にすることが苦手だったら、試験ではいい点はとれません。口述試験では、話すのが苦手な子には不利です。

書けないから、話せないから、学習内容は達成できてない・・・って判断されるのっておかしくないですか?

 
 
 
 
アートでの表現はなんでもあり。アートはインスピレーションだから。しかも、自分の得意とするアートを選べば良い。
 
 
 
シュタイナー学校の先生には、生徒の作品と、生徒の日々の様子、エポックノートなどの作品の出来をみていれば、生徒の学習到達度は明らかです。
 
そして評価する目的だけではなくて、その制作過程そのものが学びなのです。
 
 
 
 
 
 
 
 

大人のフォルメンと子どものフォルメン

恒例になりそうな気配の「大人のフォルメンレッスン」

ZOOMはじめて。フォルメンはじめて。・・・という人も多数参加。

 

フォルメンといっても、いろいろな形があります。

 

ランニングフォーム

 

変容のフォルメン

 

編み込み模様のフォルメン

 

 

 

 

他にも・・・

幾何学のフォルメン
レムニスケート
対称のフォルメン
スパイラル
曼荼羅のフォルメン
つつみこむフォルメン
文化をテーマにしたフォルメン

・・・・などなど。
詳しくは拙書「フォルメンレッスン1」「フォルメンレッスン2」をご覧くださいね。

 

シュタイナー学校で子どもたちの授業でやるフォルメンで、次のような効果を得ることができます。

 

フォルメンの教育効果

形を認識する力を育てる
文字を書く基礎をつくる
バランス感覚を育てる
集中力がつく
距離の感覚を磨く
考える力を育てる
美的センスを育てる
芸術の表現力を学ぶ
色の質を体験する
図形のクオリティを体験する
図形の基礎を学ぶ
規則性や秩序を体験を通して学ぶ
数字と関連させて算数の学びにする
文化的なモチーフで、特定の文化、歴史の体験をする

 

 

ただ図を書いているように見えて、実はいろいろな効果があります。

 

 

大人のフォルメン

 

教育効果としては、上にあげたようなものがありますが、教育を狙わなくても次のような効果があります。

 

リラックスできる
リズムを体験し瞑想効果がある
形を描くことでエネルギーに満たされる

 

今回、大人のフォルメン講座では、6名の受講者さんたちとZOOMで曼荼羅の形を描きました。

 

大人の方に焦点をあてて講座をするとき、まず気持ち良く描いてもらって、描くことで力をうけとってもらうということ。うけとるだけではなくて、本来人間がもっているエネルギーをチャージして力を高めるような体験になるようなフォルム(形)を選びます。

忙しい大人のひとたちに、フォルメンを書くことでリラックスして、癒されて、内側からエネルギーが湧いてくるような体験をしてほしい!!!・・・という願いをこめて、フォルムを決めるのです。

 

こんな感想が出ました〜

-すいこまれるように描いた
-気持ち良くてだんだん自動で手がうごいているような感覚になった
-2や4などとちがった、不思議で神秘的な感覚(7という数のフォルメンをしました)
-赤い色をえらんだら、血流のような流れを感じた
-本を読むだけではわからなかったフォルメンを実際に体験して納得
-またやりたい

 

大人のフォルメンファンが少しずつ増えています。(笑)

またやりますよ。近々日程をきめて「大人のフォルメン講座」開催告知しますので、どうぞお楽しみに。

 

 

ドイツ、シュタイナー学校の校舎もいろいろ(写真多数)

ドイツのシュタイナー学校の校舎って、立派なシュタイナー建築!・・・というイメージがあります。イギリスは、古い大豪邸をリモデルした校舎が多かったですが、ドイツはさすがに立派なシュタイナー建築の校舎が多いですね。

 

ちなみに、今学期からお世話になっているヒルデスハイムの学校の校舎はあまり立派ではありません。

工芸校舎、幼稚園校舎、アフタースクールの校舎はシュタイナー建築で建てられました。

アフタースクールケアの校舎
シュタイナー建築のクラフト校舎

 

シュタイナー建築の幼稚園。エクステリアは普通のコテージ風ですが、屋内はまさしくシュタイナー建築の幼稚園です。

 

校舎を拡張しようとしたとき、たまたま隣接していた公立学校が移転。その学校の土地と校舎を買い取り、学校のメイン校舎として使っています。

だから、普通の、しかも、ひと昔前の味気ない校舎です。(昨今のドイツでは、小中学校も校舎が立派なんですけどね。)

よくありがちな直方体の建物から、少しでも直角をなくし、居心地の良い教育空間を作り出す工夫はしてあります。

 

公立中学校舎をリモデルした校舎

でも・・・、裏から見ると、いかにも古い中学校校舎!・・・みたいな感じです。

 

裏から見ると昔ながらの中学校校舎

 

でも、この学校は、こうやって公立学校を買い取ったので、借金がないのだそうです。

ドイツと言えども、他の学校は、立派な校舎をたてるためにはどうしても借金せざるを得ず・・・。借金苦で運営が大変な学校も多いとか。

校舎も人材も教材教具も・・・いろんな意味でお金がかかる学校運営。立派な校舎は素敵ですが、何が大事かを見極めてうまくバランスをとること。何が大事かは、学校によって違うと思います。それぞれの学校が、理想の学校を創るために工夫しています。完璧な学校などどこにもない。だからこそ、愛すべき学校だとも言えるのではないでしょうか。

 

リズミックエクササイズ講座〜楽しくリズムに合わせて1日5分のエクササイズで算数のセンスを磨く!

シュタイナー教育の一番の特徴は・・・

 

 

アメリカのシュタイナー教育者
ユージーン・シュワルツは、

 

シュタイナー教育の一番の特徴は

「つながり」だ!!!

 

と言いました。

 

教科が繋がっていること。

世界と繋がっていること。

教科の中のものごとも繋がっていること。

 

 

もちろん、他の特徴もたくさんあるのですが。

 

 

よくあるメインストリーム教育、

日本の教科教育では、

 

たとえば、

 

歴史を教えるのに、

いつ、何が起きたかは教えるけれど、

 

その出来事に関わっている人物がどんな人生を歩んだかなどは学ばないし、

できごとの背景にどんな人間模様があったかなんてことは、

 

 

切り捨てます。

 

 

テストに出ないですからね。

 

 

でも、何事も、

そこには人間がいて、

人間の心が動いていて、

人間同士のつながりがあって、

それらが起きている時代背景、

社会の状況、文化習慣などが、

ぜんぶ絡み合ってものごとが起きている。

 

 

もちろん、

それを全て学ぶことはできませんが、

 

情報をブツブツに切って、

「覚えていなくてはいけない情報」を、

生徒に伝えるだけでは、

「死んだ情報」が伝わるだけ。

 

 

そして、

そういう情報からは、

人の心は動きません。

 

どうして人間が醜い争いをすることになったのか、

そこに人間の有様なしで、

情報だけを見たところで、

 

本質はつかめない。

 

心も動かないし、

考える気にもならない。

 

 

 

 

なにが、どういけなかったのかかもわからないし、

 

 

 

どうしたら、

同じ過ちを繰り返さなくていいのかもわからない。

 

 

シュタイナー学校のエポックノート
こちらから画像引用させていただきました。

 

当たり前のことですが、

世界にある、

ありとあらゆるもの、ことは、

つながりあっています。

 

歴史と文化、芸術も繋がっているし、

数学ともつながる。

国語とも外国語とも、ぜんぶつながる。

 

 

それを、

切り刻むことは、

 

 

 

 

脳みそのシナプスをぶちぶち切るのと同じ。

 

 

つながりは多ければ多いほどいい。

そのつながりが、

強ければもっといい。

 

 

テストに出ない、余分で、無駄だと、

思う人もいるかもしれないような、

 

史実の背景にあること、

数学の裏話、

芸術家の人生、

 

・・・それらを学ぶことは、

確実に、つながりの数を増やし、

つながりを強くすることです。

 

 

無駄と思えるかもしれないけれど、

実は、

 

年号とできごとだけを知っている場合より、

年号とできごとを覚えやすくなるし、

他のたくさんのことも頭に入る。

 

そして、何よりも、

ものごとが生き生きと見えてくるということは、

 

 

 

 

「より深く考える」ようになる・・・ということ!

 

 

 

 

これって、

情報を暗記しているより、ずっと大切なことだと思いませんか?

 

 

 

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シュタイナー教育を家でできる教材

e-waldorfから発行しています

https://books.e-waldorf.com

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家の中に動物の気配が・・・(シュタイナー学校手仕事の話)

うちの次男(シュタイナー小学校6年生)が、手仕事で作ったぬいぐるみを持ち帰ってきました。

 

手仕事の時間に作ったぬいぐるみ〜オオカミ

 

 

 

まず、クラスで国立自然博物館へ行きました。そこにたくさんある、動物たちの剥製のなかから一つ決めて、よく観察してスケッチをする。

学校に帰ってきてから、スケッチを見ながら、その形に合うように型紙を自分でデザインする。

厚手のキャンバスコットンを切って縫う。

これでもか、これでもか、というくらいに綿を入れる。(脚は芯も入っていないのにカチカチです)

そして、布用絵の具で色付けをして完成。

 

 

なかなかよくできています。ふわふわした抱っこしたくなるようなぬいぐるみではなく、硬くてリアルです。

 

与えられた型紙で作るだけではありません。見たものを布で再現していくのって、かなり大変。体、口の部分、頭のマチ部分、お腹にもマチがあり・・・。

 

相当よく観察しなければ作れません。

 

 

シュタイナー学校では、こうやって小学校で動物や人間のぬいぐるみをつくったりするのだけど、作り手の心がこもってオリジナルのものができてくると、できあがった作品が作り手に似てくるから不思議です。

シュタイナー教員養成課程でウォルドルフ人形を作った時も、出来上がってみたら、学生それぞれ、みんな自分に似た人形になっていました。そんなことは全く意識せずに作っているのですが。

 

いや、このオオカミ。なんか次男に似てますよ。手脚の細さとか雰囲気とか。

 

 

この子が我が家にきてから、「なんか、いる・・・」ってゾゾッと感じることがあるのです。「誰がこっち見てるの!?」って、その方向を振り向くと・・・・

 

 

この子がこっちを見てる。(汗)

 

心込めすぎて、魂がこもっちゃったみたいです。

 

シュタイナー学校のアート・クラフトをお家でする講座 e-waldorf アートクラフトプログラム http://course.e-waldorf.com

「自分で考える」ということ・・・「これ!」を見落とすと危険。

前回ブログ記事で
我が子を「自分で考えられる人間」に育てる方法
について書きました。

この記事の中でも触れているのだけど、「自分で考えられる」人間に、絶対欠けてはいけないものがあります。

それは、「こころ」です。

「考える」と言ったとき、どこで「考える」のでしょう?

一般には「頭で考える」と思いますよね。

でも、シュタイナー教育では「こころで考える」人間を育てています。
(こころで考えるってピンとこないかもしれませんね。以下の文から感じ取っていただけたら嬉しいです。)

それは、学校教育だけのことではありません。シュタイナー教育、人智学は子どもだけのものだけではなく、大人が人間として成長するためのもの。人間として「こころで考えられる」ように、成長し、「進化」していく。それが人智学のひとつの方向です。

考えることが、「頭」だけでの活動だと、それは「冷たい思考」です。

「ちょっとそれ、ちがうように思うんだけど」って、なんとなく心の奥でもやもやしたことがあったとしても、頭で考えたことのほうが大事だと考えて優先してしまう・・・のが現代人的ありかた。

頭は論理では考えられる。でも、本当に正しいこと、本当に人間に、社会に、わたしたちに必要で大事なものって「こころ」が一番敏感に感じ取っています。頭は、「国民の70%が認めているならきっと正しいんだろう」とか考えて判断しちゃったりもする。こころのなかでは「何か違う」って思っていてもね。頭はそんな意味での「考える」ことをもします。でも、こころのほうが本当に大事なことを実はわかっている。(わかる「こころ」が育っていれば! ね)

「こころの声」きいていますか?
自分のこころの声に反応して、こころの声に正直に生きていますか?

こころの声を、無視してしまったりしていませんか?

または、こころがつぶやいていることにさえ、気づかずに日々送っていませんか?

シュタイナー教育では、「頭」と「こころ」と「体」を総合的に育てています。切り離しません。

そして、「こころを育てること」「こころで敏感に感じ取ること」「こころの声をきくこと」は、大事なことだと、学校教育全体でこども達にメッセージを送っています。

それって「自分を大事にすること」でもあります。自分を肯定することでもあります。自分を認めることでもあります。

頭だけじゃない。勉強だけじゃない。

全部、繋がっています。


 

 

我が子を「自分で考えられる人間」に育てる方法

人のいうなり、人に言われた通りのことをする。
人が決めた人生を、歩む。
人が「いい」と言ったら、「いい」と信じる。
流れてきた情報を鵜呑みにする。

愛する我が子を、そういう人間に育てたいですか?

(「はい、育てたいです!」という人はこの記事は無意味です。読むのをやめてください。)

最近は、日本経済のこと、
日本の将来的なことを見据えて、
「自分で考えられる人間にならなきゃだめ!」
と主張する人が増えてきました。

そう主張する「指導者」がたくさんいるのだけど、
そう主張しているのに、
生徒や弟子や門下生が、
先生と同じことをしているのをよく見かけます。

一応、先生の真似をしておくことで、
とりあえず(!)いい作品が作れたり、実績ができる。
でも、「自分で」自分の考えで創造して行動するところまではいっていない。

私は、小学校のころ油絵を習っていました。
大人のクラスに小学生ひとり混じって。
先生が大人の生徒さん相手にいろいろ話していたこと、
分からないながら聞いていて、心に残っていることがたくさんあるのです。

 

その一つが、


「絵の先生で、その先生の生徒さんがみんな同じ絵を描いてたりすることがあるのよね。
有名な画家で、生徒さんは先生みたいな絵を描けるようになるんだけど、それは違うと思うの。
私のクラスの生徒さんたちは、みんな違う。
それが私の教室の良さだと思う。」

という言葉。

世界を知らない小学校5年生の私の心にもしっかり残りました。

シュタイナー学校で、小学校でぬらし絵を描くとき、
先生がひとつひとつ指導します。

青がここにしのびよってきて(塗って)、
次は黄色をこんな形に入れたら葉っぱができて・・・
などと、お話しながらみんなの前で先生自ら絵を描いて説明をします。

先生がやったことを真似して、子どもたちは自分の絵を描きます。

同じことを同じように指導されたのに、
できあがった絵がまったく違うのです。
個性あふれるさまざまな絵。

例えば、同じ場所に木があるのに、
木の形も大きさも、力強さや風に揺れる姿など醸し出すものがまったく違う。

子どもたちは先生のお話を聞きながら想像力をかきたてています。
絵を描きながら、
ぬれた紙の上で自由に動き回る絵の具の様子を見て、
また想像が膨らみます。

同じように指導されているのだけど、
心は自由です。

それが作品に個性として現れる。

同じことをしているように見えて、個性を育てているシュタイナー教育。

学年が上がるにつれて、もっと自由度が上がり、
生徒たちは自分で考えることを身につけていきます。

シュタイナー学校の高校生たちの考え、洞察力、すごいですよ。

自由に、自分で考えて行動できる人間を育てる。
確かにそういう教育がシュタイナー学校では行われています。