フォルメンからひらがなへ シュタイナー学校こくごの授業 みなさんもやってみてください

先日、

シュタイナー学校のひらがなの学び方のひとつを、

ブログ記事

シュタイナー学校1年生の文字を習う方法を真似してみよう

で、ご紹介しました。

 

お話をきいてイメージを膨らませる体験。

 

こんなひらがなの絵も紹介しましたね。

 

 

 

ひらがなを学ぶにも、

フォルメンからひらがなを創り出すやりかたもあります。

 

フォルメンは、

フォルム(形)を描くアクティビティですが、

文字を書く基礎力も育てます。

 

そのフォルメンを、

文字の学びにとりいれることができるのです。

 

 

たとえば、こんな感じ。

(みなさんもお子さんとやってみてください)

 

 

平らな地面がありました。

 

 

ポトンと種が落ちました。

 

 

種が大地の中で育ちます

 

 

土がもりあがってきて

 

 

お日様に向かって芽が出ました。

おひさま「ひ」の字のできあがり。

 

 

 

シュタイナー学校の担任の先生は、

ひらがな、かたかな、ひとつひとつに、

先生オリジナルのアイデアで、

お話をみつけたり、

フォルメンにストーリーをつけて、

子どもたちに文字をおしえます。

 

クラスの子供達のことを思って、

クラスにぴったりのお話を作り出したり。

 

「こう教えなさい」という、

先生用の教材や指導書はないのです。

 

 

 

だからこそ、

先生が、先生の経験から生み出したアイデアは、

生きていて、

子どもたちの心に伝わるのです。

 

でも、

文字全部に、

こんなアイデアを生み出して授業をするなんて

とんでもない作業。

 

想像しただけで目が回ります。

 

 

だから、

普通のお母さんにも自宅でできるように、

すべてのひらがなのアイデア集をつくりました。

 

藤野シュタイナー学園の

クラス担任をされた

石代雅日先生のアイデアを、

本にまとめたのです。

 

石代先生が実際に自分のクラスで教えた題材や、

他の経験豊かな先生たちからのアイデアを、

ぎゅっと凝縮した一冊です。

ひとりでも多くのこどもたちが、
心に響く国語学習ができることを、心から願っています。

なぜこれを教えるのか? 何を、ではなくて、何故?・・・と問う

「これは、何年生で教えるのですか?」
「5年生では何を教えたらいいのですか?」

よくこういう質問を受けます。

シュタイナー学校に共通の決まったカリキュラムはないので、自由ですが、一応、カリキュラム集などの書籍があり、それを先生方はひとつの参考としています。

こんな本ね。イギリスの先生の間では通称”yellow book”。バイブル的存在です。

でも、本当に大事なのは、何年生で何を教えるということではなくて、何故それを教えるのかということ。「何故」の部分がわかっていないと、まったく的はずれな教育になります。

ある意味、何を教えるかっていうのは、何でもいいのです。

たとえば、木工でスプーンを彫る。カリキュラムでいうと5年生くらいですね。だけど、5年生では、感覚を大事にし、木材の素材や質を感じ取ることが教育の目的です。だから、自然の木材(製材して直方体にしていないもの)を用いて、木の生きた素材そのもの、匂い、色、硬さ、木目などを感じ取り、その木材にぴったりで、木材の良さを生かすものを作り出す。そんな活動が、小学校5年生くらいでは必要だから、それをスプーン作りを通してやっているのです。

でも、スプーン作りをたとえば高校生にやらせることもできます。その時には、もっと論理的にプロジェクトに取り組むので、感覚で感じ取ることよりも、製材された木材を使い、どうやれば合理的なデザインになるかを考えたりするでしょう。人間工学に基づくスプーンのデザインなどをしてもいいですね。その年齢には、論理的な思考をつかって意志の力でものを作り出すというのが大事な学びだからです。

技術的に、その年齢にできるかどうかではなく、その年齢にあった育てるべき資質をうまく育てるための授業をするのです。その「なぜ」がわかってくると、「何」を「どのように」教えたらいいかもわかってくる。

だから、「スプーン作り」と言っても、取り組み方によって、まったく違った学びになります。「どうして教えるのか?」を知っていないと、高校生に合う方法で、製材した木材をつかって小学生とスプーン作りをしてしまったりします。

上に紹介したカリキュラムの本は、例として、何年生で何を教えるという情報が載っていますが、どうしてそれを教えるのかという洞察がちゃんと書いてあります。大事なのは、そこ。「何を」ではないんですね。

その「なぜ」がわかってくると、「何」を「どのように」教えたらいいかもわかってきます。

あなたはクラスの一番の問題児ね・・・と言われた私

私は、いい子でした。子どものころからずっと。問題を起こさず、先生の言うことを守り、校則もちゃんと守って、宿題も、提出物もきっちりと期限厳守。そんないい子でした。

 

でも、
「あなたはクラスの一番の問題児ね」
って先生に言われた。

それは、大人になって、教師をやめて留学したカリフォルニアのルドルフシュタイナーカレッジでのことでした。

 

「問題児」って言われたのは、生まれて初めてでした。


ショックでしたね。
私が何を悪いことをしたの!? って。


先生は言いました。
「あなたは、問題を出そうとしない。だから一番問題なのよ。」
って。

 

根本的に、今まで受けてきた教育と全く違うことを、目の前でたたきつけられた瞬間でした。しかも、自分に向かって。ばしっと。

イギリスで教えていたシュタイナー学校で、ものすごくいい生徒がいました。そっくりな双子で区別つかない。区別つかないくらいに二人ともいい子でした。幼稚園から高校生までずーーーっといい子で通していました。

同僚の先生(担任の先生)が言いました。
「あの双子が、そろそろ問題を起こしてくれるといいのだけど。」

 

問題のない人間なんていないのです。大事なのは、それを出せるか(発散する手段をもっているか)、出せないか(内に閉じ込めるか)。

 

出せる人はものごとが大きくなる前に解決できる。出せない人は、苦しむ。苦しむ以前に、問題があることにさえ気づかないで、自分に重圧をかけていたり、傷つけていたり。問題の根本的な原因を無視しようとしていたり。

子どものころの、問題がまだそんなに大きくないころに、問題を出すことを覚えると、その先の大きな問題も解決しやすくなります。

 

教師として、親として、子供や生徒が問題がないことを喜ぶのではなくて、問題が出てきて、それを受け止めるだけの度量があるということ。そういう教師が、自分の前にいてくれるということ。「問題があっても、受け止めるから、大丈夫よ」という姿勢で、添っていてくれること。問題があってもあなたのことを愛してる・・・という心が、つたわってくること。親や先生の愛を疑わなくてもいいこと。

 

子供が安心して問題を出せる環境があるということ。それって、すごいことだと思いませんか?

 

自分の子どものころを振り返ってみてください。

辛かったこと、悲しかったこと。それを親に言って、わかってほしかった。先生に伝えて、理解してほしかった。でも、いうこともできなかった・・・。

その苦しさや悲しさを味わった人も、けっこういるのではないでしょうか。

 

シュタイナー教員養成では、教員としての教える技術だけではなく、こんなふうに、自分の教師としてのあり方や考え方を根本的に変える学びがたくさんありました。

すごいな、シュタイナー教育。

そんなふうに、子どもを育てたい。だから、私自身も、人間としての成長をまだまだ続けていきます。

シュタイナー学校1年生の文字を習う方法を真似してみよう

シュタイナー学校の1年生。

入学してまずはじめはフォルメンをします。

形を描くアクティビティ。

(この画像はこちらのサイトからお借りしました。I borrowed this photo from “Ancient Hearth.” Thank you for the beautiful form drawing photo.)

 

形を描く練習をしてから、

文字も算数もはじまります。

 

形がかけない、
つまり、まっすぐの線やきれいな曲線がかけなければ、

文字もきれいにかけない。

 

書くだけのことではなく、

フォルメンをすることで、

形を認識する力も養うので、

文字を読む力も育つのです。

 

形の認識ができなければ、

「わ」や「れ」だって難しいし、

「つ」や「し」だって難しいですから。

 

 

そして、

実際に授業での取り組み方は、

「おはなし」や「絵をかくこと」や

体をうごかすことなどの、

総合活動です。

 

毎日、先生がおはなしをしてくれます。

そのお話を聞く。

じっくり聞く。

 

お話を題材にして、絵を描く。

ブロッククレヨンでのびのびと広い面を塗ったり、

グラデーションをつけたり、

シンプルなものを描いたり。

 

先生の指示にしたがいながら絵を描いていくと・・・

 

あ!

これ!

 

文字が浮かび上がる。
(上の絵はなんの文字でしょう? 笑)

 

ものがたりと、自分の描いた絵がつながる。

その絵をもとにして、

文字の練習をしたり、

さらに、活動を広げたり。

 

これは、文字を教えるときのやりかたの一つ。

 

フォルメンから文字をつくりだしたり。

言葉からイメージをふくらませて文字を発見したり。

 

その学びには、イメージをふくらませて、

体をつかって体験して、

うれしかったり、かなしかったり、心で感じて、

 

そんな活動全体が、

聞いて理解すること、

ことばで表現すること(言うこと)、

読むこと、

書くことへと繋がっていきます。

 

そして、表現するためには、

表現する中身がなければいけません。

 

意見がなければ、言うこともないですから。

 

だから、

心を育てる。

感じる。

考える。

自分の意見をもつ。

 

そこも総合的に育てる。

 

その積み重ねをしてきた、シュタイナー学校の高校生は、

ものすごくしっかりした意見を持っていて、

それを躊躇せずに言ったり、書いたりできる。

すごい表現力です。

 

 

小学校1年生から、その学びが蓄積されています。

 

公立学校にいっていても、

そんな学びを少しでも取り入れていけば、

子供の育ちかた、未来はかわります。

 

 

こどもの心が喜ぶ学びって? 小学校1年生に大事なこと

小学校に入学。
ピカピカの一年生。


たくさん友達できたかな。
学校は楽しんでいるかな。

お父さん、お母さんにとって、
まずは、小学校にはいったお子さんが、
学校へ行くことを楽しんでいることって、
ものすごく大事ですよね。

入学前には期待でいっぱいだった子どもが、
入学してみたら、
あまり元気がなかったり、
「学ぶ」ことを楽しんでいなかったり。
宿題をつまらなさそうにしていたりしたら。

・・・心配になりますよね。

 

小学校1年生は学びの始め。

幼稚園までとは違って、
ランドセルを背負って、
とつぜん大きなお兄さん、お姉さんになったように見えても、
入学したからといって、
とつぜん、成長したわけではないです。

 

成長には、段階があります。

小学校1年生の今は、
手足をつかって、体を動かして、
「する」ことから吸収する年齢。


先生やお母さん、大人のすることを、
じっと見つめて、真似しながら、学んでいく年齢。

知識や情報を教えて頭に入れるのではなくて、
体験をとおして、体で感じて、
体験することで、
頭も働く。思考も磨かれる。

そんな年齢です。

お話をきいて、心で感じる。

手がものを生み出す体験をして、
生み出したものに感動したり、

体験したことと、ことばの意味がつながって、
生きてくる。


小学校一年生。

いままで、話し言葉だったものが、
書き言葉になる。

文字そのものは「抽象的」なのです。

漢字は、具体的な形を文字にしたものも多いですが、
ひらがなやカタカナは、
まだまだ「抽象的」なのです。

小学校1年生のこどもは、
抽象的な概念を噛み砕く準備ができていません。

だから、
シュタイナー教育では、
文字を学ぶときに、
具体的なイメージを添えて、
子どもに体験させます。

心で感じ取れるイメージ。
心で感じ取るのは、
ことばだったり、
視覚的なイメージ(絵)だったり、
音だったり、
動きだったり・・・

いろんな活動を通して、
本来抽象的なものも、具体的に感じ取れる状態にして、
子どもたちに届けるのです。

(くわしくは、e-waldorf「こくご教室テキスト」や6月10日発行の「シュタイナー学校こくご教室 ひらがな全集」をごらんください)

子どもは、
抽象的なことを教えられても、
記憶力があるから覚えられます。


覚えてしまえば、大人は安心する。
それって、すごく危険。

 

だって、それでは、
文字も、ことばも、
子どもの中で生きてこないのですから。

 

子どもは、
自分に必要なものを、直感でよくわかっています。

抽象的なものを教えられても、
自分がうけつけないと分かっています。
だから、面白くない。
学習に喜びが感じられない。

自分の中で生きてくるものに、
心からの喜びが生まれます。

大人流のやりかたで教えて、
「テストの点がいい点取れた」とか、
「先生からほめてもらえた」とか、
「よくできました」のスタンプ押してもらえたとか。

心が喜ぶ学びを子どもに与えられないからって、
そんなことで、子どもを騙すのはやめてください。


子どもの心が喜ぶ学びを、
小学校1年生、学び始めの時期だからこそ、
大人が用意してあげてください。

学校でやってもらえないなら、
家でできるのです。

20年以上、子どもに接してきた教師として、
子どもを持つ親として、
はっきりと断言します。

この年齢の子どもには、
お母さん、お父さんが、
ものすごく大きな影響力をもつのです。

だから、お母さん、お父さんが、
子どもに「生き生きとした学び」を届けてあげることができるのです。

そのサポートで、
子どもが生き生きと学ぶ。
目を輝かせる。

子どもが、
学びたいから学ぶような、
そんな学び。

シュタイナー教育の学びには、
そんな子どもの心が喜ぶ学びがあります。

ご家庭で、それを実現してください。

 

シュタイナー教育教材のe-waldorfから。
子どもが輝く学びを一心に願って教材をお届けします。
ひらがな全集を含む、小学校1年生セットも便利です。

シュタイナー教育の一番の特徴は・・・

アメリカのシュタイナー教育者
ユージーン・シュワルツは、

 

シュタイナー教育の一番の特徴は

「つながり」だ!!!

 

と言いました。

 

教科が繋がっていること。

世界と繋がっていること。

教科の中のものごとも繋がっていること。

 

 

もちろん、他の特徴もたくさんあるのですが。

 

 

よくあるメインストリーム教育、

日本の教科教育では、

 

たとえば、

 

歴史を教えるのに、

いつ、何が起きたかは教えるけれど、

 

その出来事に関わっている人物がどんな人生を歩んだかなどは学ばないし、

できごとの背景にどんな人間模様があったかなんてことは、

 

 

切り捨てます。

 

 

テストに出ないですからね。

 

 

でも、何事も、

そこには人間がいて、

人間の心が動いていて、

人間同士のつながりがあって、

それらが起きている時代背景、

社会の状況、文化習慣などが、

ぜんぶ絡み合ってものごとが起きている。

 

 

もちろん、

それを全て学ぶことはできませんが、

 

情報をブツブツに切って、

「覚えていなくてはいけない情報」を、

生徒に伝えるだけでは、

「死んだ情報」が伝わるだけ。

 

 

そして、

そういう情報からは、

人の心は動きません。

 

どうして人間が醜い争いをすることになったのか、

そこに人間の有様なしで、

情報だけを見たところで、

 

本質はつかめない。

 

心も動かないし、

考える気にもならない。

 

 

 

 

なにが、どういけなかったのかかもわからないし、

 

 

 

どうしたら、

同じ過ちを繰り返さなくていいのかもわからない。

 

 

シュタイナー学校のエポックノート
こちらから画像引用させていただきました。

 

当たり前のことですが、

世界にある、

ありとあらゆるもの、ことは、

つながりあっています。

 

歴史と文化、芸術も繋がっているし、

数学ともつながる。

国語とも外国語とも、ぜんぶつながる。

 

 

それを、

切り刻むことは、

 

 

 

 

脳みそのシナプスをぶちぶち切るのと同じ。

 

 

つながりは多ければ多いほどいい。

そのつながりが、

強ければもっといい。

 

 

テストに出ない、余分で、無駄だと、

思う人もいるかもしれないような、

 

史実の背景にあること、

数学の裏話、

芸術家の人生、

 

・・・それらを学ぶことは、

確実に、つながりの数を増やし、

つながりを強くすることです。

 

 

無駄と思えるかもしれないけれど、

実は、

 

年号とできごとだけを知っている場合より、

年号とできごとを覚えやすくなるし、

他のたくさんのことも頭に入る。

 

そして、何よりも、

ものごとが生き生きと見えてくるということは、

 

 

 

 

「より深く考える」ようになる・・・ということ!

 

 

 

 

これって、

情報を暗記しているより、ずっと大切なことだと思いませんか?

 

 

 

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シュタイナー教育〜教科間のつながりの素晴らしさ、でも、もっと大事なこと

先日の記事「シュタイナー教育 一番の特徴は・・・」で、
シュタイナー教育の一番の特徴は「繋がりだ!」ということについて、書きました。

教科の中でのつながり。

切り取った情報ではなくて、
一見無駄とも思えるようなストーリーや裏話が、
生きた学びをつくりだす。

それが大事だってことは、
わかりやすいことだと思うのです。

ものすごく大事です。ほんと。

でも、わたしは、
シュタイナー教育の「繋がり」を考えたときに、
もっと大事なことがあると考えます。

それは、
心との繋がり。

言い換えると「道徳、倫理感」でもあるかもしれません。

高校の授業で「通信技術」のメインレッスンを見学させてもらったことがあります。

通信技術ですから、
電話から始まり、
無線の技術。
そしてもちろん、インターネットや衛星まで、
「科学技術」の話が進みます。

いろんな技術を学び、
その技術を作り出したひとの生き様も学びます。

そしてね、
「コミュニケーションってなんだ?」
というディスカッションもします。

コミュニケーションって、
会って話をしたり、
電話で会話をしたり、
文章で意思疎通しようとしたり、
文章にしても、
直筆の手紙だったり、
SNSのコメントや、LINEのようなチャットだって、
コミュニケーションなわけです。

その手段が変われば、
それぞれにマナーややり方があり、
うまく使わないと、誤解を招いたり、
喧嘩ごしの議論になった経験がある人も、
多いのではないでしょうか。

それぞれに、いいところもあり、悪いところもあり、
使いやすい部分も、使いにくい部分もあるけれど、
それをどう使っていくかというのは、
個人の判断でもあります。

どう使うか・・・というところに、
人間としての心が現れます。

 

ひとと、通じ合いたい。
理解しあいたい。
仲間や輪をひろげたい。
ひとに分かってもらいたい。
相手のことをもっとわかりたい。
ひとに、何かを伝えたい。

「コミュニケーションってなんぞや?」
という議論は、
「コミュニケーション」の道具である科学技術を学ぶうえで、
実は根本的な、人間の問いで、
そこをすっとばすと、

技術が、
人間の諍いの道具にもなるし、
犯罪にも利用される。

 

シュタイナー学校の授業は、
心を育てる内容が、
かならず授業に入っています。

でも、誤解しないでください。

変な道徳の授業のように、
お仕着せがましい倫理観を押し付けるのではないのです。

高校生だったら、
議論しあっていろいろ考えたり、
その技術の背景にある、
いろいろな現実、事件などを見て考えたりする。

小学生だったら、
たくさんの、お話をきいて、
世界の美しいこととか、
いいことをたくさん聞く。
悪いことをしたひと、間違いを犯したひとの話もきく。

そういうことを通して、
心を育て、世界のなかで、
いいこと、わるいことを、自分で考えられるようになっていく。

そんな心の教育が、教科教育のなかに、
切っても切れない存在として入っている。


それがシュタイナー教育。

教科を学ぶことはもちろん大事だけれど、
「道徳」「人の心」も、
学問につながっています。
「道徳」という教科をひとつ切り離して教えることは、
やはり死んだ教育です。

 

つながって初めて、心にとどきます。
心豊かな人間が育ちます。
すごく、すごく、大事なことです。

 

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