算数苦手だった私が数学好きになった理由(4)

算数苦手だった私が数学好きになった理由(1)

算数苦手だった私が数学好きになった理由(2)

算数苦手だった私が数学好きになった理由(3)

からの続きです。

 

 

 

算数を使える力、基盤ができていた、

それが自然に育った理由・・・

 

 

それは「手作り」でした。

 

 

 

私は小さいころから絵をかくこと、ものを作ることが大好きでした。

 

 

 

母も手芸が大好きでした。

洋裁、編物、手まり、その他、

和紙人形とか、タバコの空きパッケージで作った傘とかね。

(なつかしい。昭和の手作り!)

 

いつも何かしら作ってました。

 

そういう、ものを作るプロセスを、毎日の生活の中で見ていた私は、

 

わたしもやりたい!!!

 

と自然に思うようになりました。

 

小学校2年生のときに、「編物したい!」と、

母にせがんで編物を教えてもらいました。

 

最初は、ただのかぎ針の鎖編みだけだったけど、

ただひたすら、ひたすら、鎖編みを何メートルも編んだなあ。

目的も何もなくても、ただひたすら編み続ける、

その作業が楽しいお年頃。

 

それから年々、つくるものもレベルアップしていきました。

「やりなさい」なんて言われたことは一度もありません。

 

やりたかったから、やっていた。

そうしたら、自然に手作りのなかで算数をつかっていたのです。

 

 

 

 

「わたしもやりたい!!!」

と思ったのには、

もう一つの側面もあって、

 

「欲しい!!!」

 

という欲求。(笑)

 

 

 

 

 

 

謙虚で節約大好きな母が大蔵省の我が家は、

堅実で質素な暮らしをしていました。

 

だから、欲しいものなんて、なかなか買ってもらえませんでした。

 

不自由していたわけじゃないです。

絶対必要!だというものは買ってもらえました。

 

でも、

親の視点で「必要でない」と判断されるものは買ってもらえませんでした。

 

だから、買ってもらえないなら、

自分で作ろう!!!

 

・・・となったわけです。

 

 

手作り好きな母ですし、捨てられない人なので、

ハギレや、糸、紙、包装紙やリボンなど全部大事にとってあって、

材料はけっこうあります。

 

母が「いつか使えるかもしれない」ととっておいた、

不用品コレクションの箱を見て、

何がつくれるかな、

欲しいものを作るにはどうしたらいいかなーと、

いろいろ考えました。

 

そして、実際に工夫して作ってみました。

 

 

 

さらに・・・・

 

小学校までは、

着るものは母の手作りか、

いとこのおさがりばかりでした。

 

いとこ中で一番年下だったので、

服がまわってくるの。

 

それもたくさん!!

 

 

 

 

しかもいとこは一回り年上くらい歳の離れたいとこばかり。

 

 

つまり・・・・、

強烈な時代遅れなデザインのものが回ってくるのね。(涙)

 

質のいいものだし、

痛んでもいないのだけど、

 

時代遅れというだけじゃなくて、

 

 

趣味あわな〜〜い!!! 涙

 

 

 

でも、

 

「服はあるんだから、新しい服なんて買う必要ありません!」

 

という母。

はい。正論です。

 

「流行は繰り返すからいいのよ」

 

とかね。

 

そりゃそうだけどーーーー。

こんな服着たくなーーーーい。(涙)

 

 

 

 

 

 

ハギレや残り毛糸からはじまり、

いろいろものを作っていたけれど、

さすがに残りの材料では、服まで作れず。

 

でも・・・、

セーターや服を自分でつくるなら、

材料はかってあげる!

 

と母が言ってくれたので、

編みましたよ。

作りましたよ。

 

小学校高学年でセーターやカーディガン編んだし、

スカートやブラウスも。

学校に着ていく冬のコートまで自分で縫いましたよ。

(いとこのお古のじゃあまりにも時代おくれで恥ずかしかったの!)

 

 

「欲しい!」

という気持ちはものすごく大きな動機になりました。

これがあったから創作活動も、さらに意欲が増しました。

 

完成させなきゃ、

「欲しい!」という欲求はみたされないから、

がんばって仕上げるし、

 

欲しいものは次々とでてくる。

 

そして、創作は、延々と続く。(笑)

 

 

 

そして、母は、

作り方もちゃんと教えてくれました。

 

母は教師ではありませんでしたが、

その教え方が、さらに、良かった。

 

 

すごいなあ。我が母。

プロ教師の私から見てもあっぱれ。

 

 

次回は母の教え方について書こうと思います。

 

次の記事はこちら

算数苦手だった私が数学好きになった理由(5)

 


算数嫌いだった私が数学好きになった理由(3)

算数嫌いだった私が数学好きになった理由(2) からの続きです。

体に染み込んでいた「算数の力」

それは、

計算が正確に早くできるとかではなくて、

算数(他のすべても!)を学ぶための基盤になる基礎力みたいなものともいえるでしょう。

 

 

 

 

 

 

この「基盤」がなくては、どこかでつまづきます。

伸びません。

 

しかも、

算数だけではない、全ての教科につながります。

 

この基盤をおろそかにすると、

低学年のうちは大丈夫でも、

高学年、中学生、高校生になって伸び悩んだりします。

 

しかも、全ての教科において。

 

怖いのは、

低学年くらいでは、

その基礎力がまだ育っていなくても、

それなりの成績がとれてしまうこと。

 

つまり、親も先生も、

成績は悪くないから、

その基礎力がないということに気づきもしないし、

特別にその「基盤」を育てることをしなければいけないとも思わない。

 

 

 

というか・・・・

 

低学年のうちは、

その基礎力を育てるプロセスの途中でもあるのです。

 

 

 

 

昔は・・・(遠い目)

その基盤が、普通の子どもの毎日の暮らしから自然に養われていました。

かなりの割合で。

 

 

 

 

外で思いっきり遊んだり、

ゲームではなくて、アナログの遊びをしていた。

手をたくさん使う遊びをしていた。

遊ぶときに、遊ことを自分で考え出すスペースがあった。

全身で遊ぶことができた。

テレビやゲームよりも、創造的なことをしていた。

リアルで年齢を超えた人間関係もあったし、

自由時間ももっとあった。

暇で暇で仕方がないという有り余った時間のなかで、

自分のやりたいことを見つけていく「ゆとり」があった。

 

 

もう言い出したらきりがないけれど、

昔はそんな環境があったから、

 

そんな遊びのなかから、

学びの基盤が自然につくられていきました。

 

 

 

 

今は、それが少ない。

 

学校でもやってくれない。

 

だから、基盤のないまま、学校にはいり、

ドリル学習や繰り返し学習で、

習得しようとする。

 

 

 

そうやって基盤のないまま学習をつづけ、

中学、高校で、

地域で1、2位の進学校にいるというのに、

四則演算の意味もろくにわかっていない生徒をたくさん見てきました。

分数や小数の意味もわかっていない生徒もたくさん見てきました。

 

 

つまり、高校で進学高に入れるくらいの成績をとっていた子たちでも、

基盤になる力、

算数、数学を「使える力」が、

身についていない。

 

だって、ちょっと記憶力いい子だったら、

その意味がわかってなくたって、

繰り返し練習したら、似たような問題は解けるようになっちゃうんです。

 

 

 

成績いいんだからいいじゃない?

・・・って思いますか?

 

学校の勉強は、いい大学へ入るため!!

・・・だけであるならいいかもしれません。

 

でも、学校の勉強は、

一生を生きぬいていく力を育てるためにあるはずですよね。

小中高12年間の学びは、進学のためだけじゃなくて、

そのあとも使って役立つ力を育てるためですよね。

 

 

算数の力だってそう。

 

問題解けたって、

それを「使って」生活に役立たせたり、

自分の考えを広げていけたり、

大人になってから仕事をする力になったり・・・

 

そして人生を面白くするものです。

 

 

 

 

 

 

 

学んだことが、

知識として頭の中に入っているけれど、

それが何のことなのか、

現実の生活に結びつけられない。

つまり、染み込んでいない。

他のこと、世界のこと、他の教科と、

算数がまったく結びついていない。

 

そんな状態では、学校の場をはなれたときに、

「算数」「数学」は使えません!

 

算数や数学の考え方は、

人生のどんな問題にも使えるんです。

使えたら、

もっと違った角度でものを考えられるし、

問題解決の道具にもなります。

 

 

 

 

 

人生のなかで出会う問題は、試験問題みたいに、

「解いたことある問題」ばかりじゃないでしょう?

 

うまれてはじめてぶつかる問題を、

自分で解決していかなきゃいけないでしょう?

 

 

それには、「使える力」がなきゃダメなんです!!!!!

 

 

 

 

 

 

算数の基盤、算数を使える力があったから、

わたしは中学でぐんっと進歩することができました。

 

それは、学校だけのことではないです。

人生のどの時期においても、

どんな問題がおきようとも、

基盤が絶対的な力になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

私は「昔」の世代ですから、

ありがたいことに、

良い環境で子供時代を送ることができました。

 

それに加えて、「あること」で、

ぐんっと伸びる基盤、底力が、

培われていたんだと、確信するのです。

 

その、基盤となる力が、

自然に、楽しく、

しかも、自発的にやりたくてやりたくて仕方がない作業から、

身についていました。

 

 

 

もう随分長々と書いてしまったので、

それが何かということは、また、次回書きます。

続きはこちら

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算数苦手だった私が数学好きになった理由(2)

算数苦手だった私が数学好きになった理由(1) からの続きです。

 

中学時代の大逆転。

 

たかだか成績がちょっと伸びただけのことなので、

大逆転もなにもないのだけど、

 

中学生のわたしにしてみたら「大逆転」を成し遂げた気分。

 

 

 

悔しさがバネになった。

 

 

でも、単に悔しさがバネになっただけで

その大逆転が起きたのではないと思うのです。

 

 

 

 

悔しさがあっても、

基本が身についていなかったらここまで伸びなかった。

 

「身についている」っていうのは、

計算が速く正確にできるとか、

テストで点がとれるとか、

 

そんなことじゃありません。

 

 

 

 

 

「身についている」というのは、

体に染み付いている状態です。

 

頭でわかってるだけじゃありません。

教科書に載っている計算とか、算数の説明がわかるだけではなくて、

 

それが、実際に「使える」レベル。

 

 

 

 

 

教師になって生徒を見ていると、

 

 

成績トップの子で、

テストの点はいいけれど、

算数を実際に「使え」ない子は驚くほど多いです。

(ほんと、力強く強調します。驚くほど多いんです。成績いいからって安心しないで!!!)

 

 

 

 

私は、平均値で、

成績でいえば、月とスッポンのスッポンみたいな子だったけど、

 

算数を「使え」ていた。

 

 

 

 

 

だから、後になって、

勉強して、

試験問題にちょっと真面目に取り組んだら、

成績が軽々伸びた。

 

 

ほんと、軽々。

 

 

 

算数嫌いだったし、成績も良くなかったのに。

算数を「使える」力がついていた。

 

でも、自分では、

平均的な成績しかとってないから、

算数できないと思ってたし、

自信もなかったし、

面白くもなかったし。

 

 

でも、客観的には評価してもらえないところで、

「力」はちゃんとついていた。

(評価ってなんなんでしょうね!?)

 

 

しかも、染み付いていた。

「使える」レベルで。

 

 

それがあったからこそ、

大逆転ができたんです。

 

 

 

 

 

どうやって「染み付く」「使える」算数力がついていたか?

 

 

という話を次回したいとおもいます。

つづきはこちら

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算数嫌いだった私が数学好きになった理由(1)

そうなんです。

私は算数苦手でした。(笑)

 

今まで算数嫌いだった話はあまりしたことがないので、

驚くひともいるかもしれませんね。

 

 

 

どうしようもなくできなかったわけではないのですが、まあ、平均レベルくらい。

 

難しいと思うより、とにかく退屈でした。

ドリルとかの計算練習とかが退屈で苦痛。

学ぶ内容そのものにも魅力を感じなかったです。

 

だから、宿題以上のことはやろうとはしなかったし。

・・・それもイヤイヤ。ね。

 

とくに頭がいいわけではないので、

その程度の勉強の仕方では、やっぱり平均値くらいなんです。

 

 

中学生になって、突然好きになりました。

平均値くらいだったのが、

1学期間で、クラスで1、2位っていうところまで上がりました。

 

成績ってこんなに簡単に上がるのかと、

自分でびっくりしました。

 

 

本当のところ順位なんてどうでもいいんです。

 

数学にのめり込んだら、楽しくなって、

それが、順位に結果として現れた・・・ということ。

 

 

 

その、「嫌い」から「好き」への転換のきっかけは、

 

先生でした。

 

 

 

 

 

 

 

先生が好きだったとかじゃないの。

(天邪鬼なんです、わたし。笑)

 

 

 

 

先生に言われた言葉に、

傷ついたんです。

 

三者面談のときに言われた言葉

「全然ダメだな。がっかりしたよ。」

 

・・・くやしくて涙が出てきて、

でも、涙を見せるのも悔しかったので、

涙が落ちないよう、ずっと横向いていた・・・

 

今でも、その気持ち、忘れません。

 

 

くやしくて。

こんちくしょう!・・・と思って。

 

で、見返してやろうと。

 

そう思ってちょっとやりはじめたら、数学そのものの面白さに目覚めてしまった。

 

 

 

どんだけ悔しかったんでしょうね。(笑)

 

 

でも、

逆転勝利!とも言える進歩ができたのは、

悔しさのバネの力だけじゃないんです。

 

 

・・・・

 

 

 

また次回書きます。(笑)
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