子離れ、親離れ

今月、6年半ぶりに日本一時帰国します。

それで、受講生の方がたから「お子さんはどうされるんですか?」と度々きかれます。

さらっと「置いていきます」と答えるわたし。笑

 

 

 

だって、学校ありますしね。
わたし、仕事あるから一緒に行っても相手できないですしね。

わたしの息子たちは、今12歳と13歳です。母親がいなくても困らない程度に自立しています。夫もついていますから大丈夫です。

 

 

小さい頃は、子どもと一緒にいる時間を大事にしたかったので、仕事は最小限におさえていたし、出かけることもほとんどなく子どもたちにべったり。幼稚園はじまるまでは、始終、親が一緒にいました。

 

小学校高学年くらいになったころ。つまり9歳の危機もちゃんと通り抜けて、大きな世界の中で心の平穏をとりもどしていきていくのにすっかり慣れたころ。

 

・・・その辺りから、わたしは意識的に出かける用事を増やしていきました。子どもが独り立ちする準備はすでに始まっているのです。

 

 

まずは1週間ほどの海外出張。年1回。それを少しずつふやして、今年2017年は海外出張3回。その最後が、3週間の日本一時帰国。

 

 

今回の3週間はちょっと長いです。わたしも寂しい。でも、父親がずっと一緒。学校で、クラス旅行や森林研修、農業研修などで、2週間とか親元から離れる経験もしています。しかもその2週間、親子のコミュニケーション一切なし。(親のほうが寂しくなる。笑)

 

 

身の回りのことも、小さいころから少しずつ自分でできるようにしてきました。

 

小学校3年生では、わたしがつくったおかずをお弁当箱に自分で詰めて学校へいくようになった。

小学校4年生では、おかずも自分でつくって、お弁当につめていけるようになった。

小学校5年生では、朝ごはんも自分で用意して自分で食べて出かけられるようになった。

小学校6年生では、朝も昼も自分でできるようになった。皿洗いも当番制でできるようになった。

片付けに関してはまだまだだけど、日々の掃除はなかなかできなくても、たまに大掃除して部屋をピカピカにすることができるようになった。

今の家では、息子たち専用のバスルーム(シャワー+トイレ)があるので、それは自分たちで掃除できるようになった。

自分たちの洗濯物は、自分たちでできるようになった。(忘れていたりして着替えがなかったりしたら、自分たちの責任!着替えがなくても私は手伝いません。自分でなんとかする!)

晩御飯も、それぞれ2、3食分のレパートリーがあるので、母親が料理しなくても食べるのに困ることはない。

 

 

 

 

だからね、ほんと、母親なんていなくても生活は困らないのです。

1週間出かけて帰ってきたとき、「さぞかし汚れてるだろう」と思って帰ってきたら、むちゃくちゃ綺麗だったりしてね。(帰ってくる前に必死に掃除したもよう 笑)

 

 

母親の役割は、世話焼き係じゃなくて、子どもを育てること。

将来、母親がいなくたって自分でやっていけるように、育てること。

そのためには、子どもの世話をしすぎちゃダメ。

 

 

「世話をする人が必要だから母親がいないと困る」んじゃなくて「母親という存在が大事だから、母親が大好きだから、(世話してもらえなくたって)母親にいてほしい」って思うのが本当でしょ。

 

「世話をする人」として必要とされなくていい。
そんな必要価値にしがみ付く気はない。

私は私であることに価値がある。
そう自分で自分を認めて。

 

だからね、「子どもの世話をすること」や(良妻)賢母であることに母親のプライドを見出すのはやめました。かなり前にね。笑

 

 

「世話がいらなくなる」ように子供達が育って、母親がいなくてもいきていけるようになることに誇りを感じて。

 

「お母さんがいなくても生きていける」って子どもが思えるようになったら、私は母親としてとりあえず及第かな・・・。わたしは、そう思ってます。

 

 

 

**** もちろん、わたしがこうやって家を出ることができるのは、夫の協力あってこそです。感謝感謝。でも、結婚当初、夫は家のことなんて、まるっきり一切やらなかったんですよ。長年かけて夫も成長しました。(笑)そのことについては、また、話す・・・かも。ご希望があれば。

偽物の教材、教育活動

一般の学校で行われていること、
その多くは「偽物」の活動です。

 

あああ、過激発言。(汗)

 

 

言い換えましょう。

学校で何かをつくる。
たいていそれは、
先生や教材開発会社が、
「授業時間と生徒の技量に合うように簡単にしたもの」です。

 

 

その題材、教材には、

それまでに学習したことをうまく使って、
授業時間内に仕上がるように、

本来のものづくりではありえないような簡単さにしてあります。

 

そこには、
その時間で学ぶこと、その単元の学習課題、既習事項以外のことは、
できる限り排除または簡易化してあります。

 

リアルな世界ではありえない状態=偽物です。

 

 

今ね、
9歳の女の子とZOOM算数レッスンで、
お人形のワンピースを作っています。

 

 

お人形は、その子が持っていたものから選びました。

 

 

巻き尺でお人形の採寸。


ワンピースの形を決めて、
デザインと人形の体のサイズに合うように、
自分で型紙をつくります。

 

 

型紙から布を裁断し、洋服を縫う。

 

シュタイナー学校で、
9歳といえば、
算数で長さや重さ、容量などの度量衡を学びます。

 

9歳の危機をのりこえるために、
衣食住についてたくさんの経験をして学びます。

 

洋服をつくりながら、
度量衡を実際に使う。

 

そしてデザインを決めるときに、
いろいろ計算をします。

ここで出てくる計算は、
実は学校では習ってない計算もあります。

だって、計算しやすいように数字を決めるんじゃなくて、
人形のサイズに合わせて数字がでてきて、
そこから計算するんですから。

 

実体験のなかでは、
学校で習ったか習っていないかなんて関係ない。

工夫して答えを見つけなきゃ、服は仕上がりません。

 

問題演習なんかやってるより、
実はずっと難しい問題が出てきている。
でも、具体的な作業のなかの問題だから、
工夫ができて、自然に頭が働いて、
習っていなくても解けてしまう。

 

偽物ではない、リアルの世界では、
あたりまえのことです。

偽物だと、そんな「習っていないこと」など出てこないように、
すごく工夫して教材がつくられています。

教科書だって、変な答えが出てこないように入念に作られてます。
文章題だってありえない設定のものが多いでしょ。

 

教材って、ある意味すごいですよ。

 

子供に必要なことをさせようという善意のもとに作られたのに、
実は本当に大事なことをすっかり排除してるんですから。

(ああ、毒舌 ごめんなさい)

 

で・・・
子どもってね、大人以上に敏感です。

偽物は偽物と見破ります。

 

実際にはこんなのがリアルの世界ではないんだってこと、直感で感じ取ります。

 

偽物って・・・つまらないんですよ。

すごーーーく、やる気が削がれる。

そして、こどもは、

大人が自分のことを見くびっていると感じます。
大人が手を抜いていることも感じ取ります。

で、どうなるか。

子どもは、
「ああ、この程度やっておけばいいんだ」
と、思う。

 

こどもは無意識のうちに手を抜きます。

本人は全然意識してないけど、
結局、大人が子供を見くびる→子どもが大人を見くびることになっています・・・

 

 

でも、

本物の作業をすると、
子どもは本気になります。

 

自分が全部つくってるんだという、
プライドも出てきますしね。

自分オリジナルのものだという歓びや、

作る楽しさが湧いてきます。

 

教える大人だって、手はぬけません。
本気にならなきゃできないんですよ。

 

 

そして、できあがったものは宝物です。

私からみれば、
子どもが実際にした作業の体験と、
やりとげた子どもの頑張りと、
子どもの輝く瞳が宝物です。

 

 

 

 

ZOOM レッスンは、
低学年は親子で一緒にやっているのですが、
こういうリアルの作業だと親の熱意も違います。

親が一生懸命。
それも子どもに影響します。

しかもねえ、
親子の間に流れる雰囲気が、なんともいい。

いい時間を親子一緒に過ごしているのが伝わってきて。

こうやってリアルのことを題材にレッスンをするのは、
教師としては大変です。
手が抜けません。

 

でも、一生懸命の度合いが違う。

だって、子どもが自分で考えていくから。

考えさせられているのではなくて、
自然に、頭が働いていく。

 

世界中にいる素敵な親子と一緒に、
こういう時間を過ごせるのは、
私にとっても幸せなことです。

 


こんな活動を子供と一緒にやりたいなーと思った方。
シュタイナー教育的に、
こんな手仕事をすることをあきらめなくていいんですよ。
ZOOMですからどこにいても気軽に始められます。

親子の楽しい充実した学びの時間。
それはお子さんにとっても、お母さんにとっても、
大事な時間になるはずです。

お気軽にお問い合わせくださいね。

 

ZOOM個別レッスン

 

 

 

 

 

 

 

外国語習得したかったら忘れてはいけない大事な事

私も外国語(英語)習得には苦労しました。
今も苦労してます。
この年齢から1から学ぶ外国語(ドイツ語)。(涙)

 

私は、語学の才能はないのです。(きっぱり)

 

 

中学で英語を初めて習い、それ以来ずっと英語嫌い。
英語にはコンプレックス大有り。

 

英語圏暮らしも長かったので、今ではさすがに英語を使えるようになりましたが、医療系とか経済、法律など、専門的なことになると今でも泣きたくなります。

 

英語にはほんとに苦労してきています。

 

でも、そういう経験をしたからこそ、力を込めて言えることがあります。

 

語学は、体にしみこまないと使えない。

言い換えます。

語学は、頭で考えずに言葉が出てくるようにならなきゃ使えない。

 

 

シュタイナー教育的に年齢に応じた教育を考えると、
中学くらいからは頭に直接はたらきかけることをします。

 

だから、その年齢になって、

文法などの理論を頭で理解しようとすることは、
意味があることなのです。

 

 

でも・・・、

頭だけに働きかけて、語学を頭だけで理解しようとすると・・・

使えないんですね。

 

頭で考えてから言葉を発していたら、
絶対的に遅い。

自分の思考、相手の思考に言葉がついていかない。

会話だって読むのだって書くのだって、
リアルの世界で全然使えない〜。(涙)

 

シュタイナー教育的にいうと・・・、

での理解は浅い。
で感じると、もうすこし深い理解。
まで習得すると、しっかり身につく

 

そう「身につく」という言葉、そのままなんです。

 

体で習得した事は忘れません。

一度自転車に乗れるようになったら、自転車の乗り方を忘れないでしょ。

一度自動車の運転を身につけたら、
頭で
「いまアクセルをふむぞ」
「いまクラッチをふんでギアをかえて」
なんて考えません。

 

 

運転の理屈などは覚えていなくても
体が覚えている。

(私は、運転の仕方を説明しようとしたら「あれ?」って考えちゃうけど、マニュアル車をブイブイ言わせて運転しています。体が覚えてるから。)

 

 

体が覚えているから使えるようになる。

語学も、そこまでやって、や〜っと使えるようになる。

 

 

中学から一生懸命文法を理解して、たくさん暗記した。

 

例文も、考えながら文をつくっている程度では忘れる。

考えていないけれど、
口から勝手にでてくるくらいになって、
やっと使えるようになる。

 

 

 

シュタイナー学校では小学校1年生から外国語2つ習います。

 

とくにこの年齢では頭に働きかけず、
体で覚えるのですね。

歌を歌う。
歌詞が口からスラスラと出てくるようになるまで、
何回も楽しく歌う。

昔しっかり覚えた歌詞って、
何年もたっても、曲が流れてきた途端に口ずさんじゃったりする。

体にしみこんでいるから。

 

アクティビティをしながら英語を使う。

行動と英語が結びついて体験しているから、
ずっと覚えている。

 

 

 

習うより慣れよ。

そんな言葉がありますが、

英語学習の、とくに小学校までは、本当に大事なことです。

 

そして中学生以上の場合、

「習うより慣れよ」ではなくて、
「習う(頭)」と「慣れる(体)」をバランス良くつかう。

 

「習う」だけでは浸透しない。
「慣れる」だけでは効率悪い。

バランス良く取り入れることで、効率良く、深く習得できる。

 

とにかく、
最終的には体まで浸透させないと使えないですからね。

 


シュタイナー学校卒の友達(アメリカ人)の話。

彼女は、シュタイナー学校で小学校1年生から8年生までドイツ語を習いました。

 

で、
「もう、さっぱり話せないし、覚えてないわ。」
とサラッと言う。

 

そして、続けて言うのです。
「でもね、話す環境になったら、きっと思い出すわ。わたしの根っこのところにはちゃんと生きているから。・・・教育ってそういうものでしょ。」

 

 

 

「教育ってそういうもの」

・・・そう自信をもって言えるような教育を受けてきた彼女。

うらやましい・・・。(心の叫び)

 

 

 


 

e-waldorf には、

体験を通して英語を習得するプログラムもあります。

絵本とたくさんのアクティビティ。

世界で活躍する元シュタイナー教師、英語・語学・英語絵本のスペシャリスト、しかも料理の専門家、モラー直子先生による講座です。

e-waldorf オンライン講座「ストーリーブックサークル」
受講お申込受付中

 

e-waldorf 新プロジェクト〜日本の中学生へ新たな教育の形

みなさんの愛するこどもたち・・・
しっかり考えて学んで欲しいと思いますか。
楽しんで学んで欲しいと思いますか。
試験が終わったら忘れてしまうような学びではなく、一生役立つ生きる力になるような学びをしてほしいと思いますか。

シュタイナー教育って素敵だと思う!
シュタイナー教育をうけさせたい!

シュタイナー教育的な、
クリエイティブな学びは、
すっごく魅力だし、憧れるし、
できればそんな学びをやらせてあげたい

でも・・・

正直いって、
学校の勉強があり、
定期試験や入学試験もあり、
学校の成績だって気になる。

ゆったりアクティビティやってる間に、
学校の勉強が遅れちゃったらこまる。

学校の勉強に遅れて余計勉強嫌いになっちゃったら
シュタイナー教育どころじゃないし。

そんな社会のなかで、
子ども達もお母さんも悩みが多い日本の教育状況。

でも、それが子どもたちが今いきている社会の現実です。

「シュタイナー教育がもっと身近になったらいいのに」
って夢見ている間に、
子供達は日々成長していきます。


だから、今、子どもたちに必要なことをする。
そのための行動を起こす。

何年も「〜〜があったらいいな」と、あたためてきた思いがあります。日本の中学生には、これが必要なのだと、ずっと思ってきたことがあります。

今ならできる。機が熟してきたのを感じています。

だから、やります。

今を生きる中学生と、
我が子のことを誰よりも愛する悩める保護者のかたに。

近日中に、公開します。


=========================
シュタイナー教育を
今の世の中に合う形で実現する
e-waldorf
https://e-waldorf.net/
=========================

次男クラス旅行へ旅立つ〜シュタイナー学校7年生

次男は7年生。
ヒルデスハイムのシュタイナー学校に編入早々、クラス旅行です。12泊13日の長丁場。

 

北海に浮かぶ諸島の1つ「ノルダーナイ」へ。

 

 

北海に浮かぶ島「ノルダーナイ」へ。

 

7年生のクラス旅行は、自然の中での労働がテーマになることが多いです。長男のときには、近郊の森へ行き1週間の森林研修をしました。その年によって違うのですが、その森で必要とされている作業を子供達が毎日します。1週間かけて1000本以上の植林をした年もあり、小川や用水路の掃除などをした年もありました。

今回の次男の旅行は、海に浮かぶ小島。ビーチがあり海で泳ぐこともでき(最高気温、せいぜい20℃ですので寒いですが 汗)、乗馬をしたり、綱渡り(?)のアクティビティもできる。そして滞在中はレンタル自転車で、島じゅうサイクリングしてまわるようです。

ユースホステル滞在ですが、寝るのはテントで寝袋。洗濯も自分でするので、洗濯洗剤と物干しのヒモと洗濯バサミも持参。

 

島での労働は、ビーチ近くの砂地に古代麦を植える作業だそう。風が強く、砂が飛んでしまうのを防ぎます。

 

 

 

まだまだ友達もいなくて、先生にも馴染みがない次男。クラス旅行で友達できるかな。クラスに馴染めるかな。親として、そんなことを思いつつ、元気に笑顔で帰ってきてくれるのを祈ります。

いや、それにしても家の中が静か。
13日間は兄弟げんかをきかなくていい。

ちょっと、さびしい。(笑)

 

 

 

子どものおもちゃ〜〜適齢期をすぎて

かわいい木のおもちゃ。

 

シュタイナー教育に惹かれた人なら、見たことがあるのではないでしょうか。自然素材の木のおもちゃなどからシュタイナー教育を知ったひとも多いですね。

 

我が家にも、たくさんありました。木のブロック、木の動物たち、木の乗り物、電車に線路。

 

おかげさまで息子たちもすくすくと育ち、もう思春期・・・という時期です。引越しもたくさんしていますので、おもちゃもたくさん処分しました。ほとんどが、小さな子どものいるご家庭へ〜。

 

でも、木の動物だけ、いくつか手元に残しました。

 

かわいらしいので、インテリアに使っています。

 

 

棚に飾ったり、窓辺に置いたり。バスルームにも。

 

窓辺の動物たちは、ときとして影絵にもなります。

 

 

そのままストーリーが生まれそうです。

 

思春期の息子たち。さすがにこれらの動物では遊びません。

 

でも、気がつくと・・・

 

 

 

並べて置いておいただけのはずが、積み木になっていたり、全部倒れていたり、ブレーメンの音楽隊のように積み重なっていたり、動物たちが格闘していたり。(爆)

 

 

ちょっとほっこりする、我が家の光景です。

 

魔の夏休み〜子どもに一石三鳥。夏の有効なアクティビティ。

夏休みですね〜。

 

あああ、6週間も学校がない!
子どもが暇だ、退屈だととうるさい。
仕事に集中できない。
家のなかが片付かない。
大人は忙しいのに子どもの世話がーーー

とか思っちゃいませんか?
私は思います。(苦笑)

 

魔の夏休みです。

 

子どもが暇になって、退屈なときって、だらだらしていて、
子ども「退屈ーーー。なんかやることない?」
と言ってきても
親「じゃ、掃除して」
子ども「やだーーー」

となります。笑

 

 

暇でやることないんなら、ちょっとお手伝いしてくれたっていいじゃない・・・と大人は思いますが、だらだらした気分のときほどお手伝いはやる気がしないのが自然なこと。笑

 

我が家で最近よく使う「手」があります。声をかけると、「やるーーー」と喜んでとびついてくるもの。

 

それは、「〜〜ミックス」を使ったおかし作り。

 

バイオダイナミック「デメター認証」つきケーキミックス〜美味しかったです!

 

普段「〜〜ミックス」とか、使ったことがない我が家なのですが、ドイツでオーガニックのものやバイオダイナミック認証「デメター」のものが簡単に手に入るようになったので、試しにつかってみたところ、子どもたちにヒット。

美味しかったー。

 

 

 

ミックスを使わずに、ちゃんとケーキを作ったほうがいいのは当然です。でも、「ケーキ作る?」と聞いても「やだー、面倒臭い」と言われてしまうし「ママのケーキが食べたい」と、こっちに仕事がふられてしまう。(笑)

 

でも「〜〜ミックス」だと、簡単なので「やるーーー」と元気な返事がかえってくるのです。

 

ほんと、アクティビティでも、宿題でも、勉強でも、難しすぎない、簡単すぎない、少しだけチャレンジになるようなちょうどいいものを与えると、子どもも喜んで取り組み、効果も高い。

 

お手伝いも同じですね。

 

いやいややってもらっても嬉しくない。快くやってくれるのが一番。

 

 

「〜〜ミックス」でのおかし作り。子どもはもちろん、ケーキを食べたい一心です。笑

 

でも、

  1. 子どもの退屈しのぎのアクティビティになって、
  2. ケーキが食べられて、
  3. 作り方(ドイツ語表記)を読むのに、ドイツ語の練習にもなる。

★英語表記の「〜〜ミックス」とか手に入ったら英語の勉強にもなりますね。

 

一石三鳥です。

 

うれしい〜。

 

 

 

ちなみに、写真のはケーキですが、他にもワッフル、カップケーキ、ブラウニー、プディング、ピザ、パンなど、オーガニック、デメター認証などでたくさんの「〜〜ミックス」がスーパーに売っています。

 

次はどれを買ってこようかな。(作るのは息子たち! 笑)

 

人間の力を生かす〜誰だって輝ける場所がある

こんな風刺画があります。

 

公平を期するために、全員に同じ試験を課すことにする。
試験:「そこにある木に登りなさい」
出展:ludic learning http://www.ludiclearning.org/

 

数年前にフェイスブックで回ってきたから、見た人もいるのではないかしら。

 

 

こどもの教育についてはもちろんのこと。

 

で、私は大人についても思うのです。大人だって、得意な仕事と苦手な仕事があります。

自分で選んだ仕事だって、いつも得意なことばかりしていられないでしょう。

 

適材適所という言葉がありますが、どんな人にでも、自分の能力を生かせる場所があると、私は信じています。

 

それを見つけるのは簡単ではないです。

 

でも、自分を生かす場所は絶対ある。それを見つけて欲しい。そのためには、自分には力があるのだということを信じて欲しい。

 

上の風刺画で、象も魚もこの試験に合格できないでしょう。でも、試験に不合格になった象のような人にも、「自分はダメなやつだ」と思わないで欲しい。「力仕事なら負けないぞ」というような何かが自分にあることを見つけて、「自分には自分らしい力の発揮し方がある」と信じて欲しい。

 

他者の評価で自分を判断するのではなく。

 

イギリスのラスカンミルカレッジ(アントロ系のカレッジ、障害や問題をかかえる青年たちが農業や芸術工芸を通して学ぶ教育機関)で、バイオダイナミックの魚の養殖場で働いていた障がいをもつ青年の言葉を紹介します。

 

僕の仕事は、何千という稚魚がいるこの水槽の掃除をすることなんだ。水が汚れていると稚魚は健康に育たない。スポイトでひとつひとつ汚れを取り除く作業をすることで、稚魚の生育を妨害することなく、稚魚の環境をよりよいものにすることができる。機械ではいい仕事はできないんだよ。手でするのが一番効果的なんだ。僕は、毎朝2時間かけて水をきれいにする。気持ちが落ち着くし、僕の治療にもなる。この仕事が大好きだよ。何より僕はこの仕事を誰より(障がいのないひとより)上手にすることができる。

 

彼はすごい仕事をしていると思いませんか。

大事なことは、人を環境に無理やり合わせようとするのではなく、その人にぴったりの仕事を見つけること。

 

だれにだって力がある。

 

障がいある無しに関わらず、どの人にだってあてはまります。そう、これを読んでいるあなただって、自分を生かせる仕事がどこかにある。それを見つけて生き生きと自分を生かしているひともいるでしょうし、まだ見つけてないひともいるでしょう。でも、かならずあなたには力がある。

 

 

 

そして・・・、子どもを教える大人として、子どもが自分の力を信じられるような自己肯定感を育てられるような教育を、心から望み、それを目指します。

象が木に登れず試験に不合格になって「自分はダメなやつだ」と思い込んじゃう。そんな現象が人間の世界にないように。

 

 

 

我が子を「自分で考えられる人間」に育てる方法

人のいうなり、人に言われた通りのことをする。
人が決めた人生を、歩む。
人が「いい」と言ったら、「いい」と信じる。
流れてきた情報を鵜呑みにする。

愛する我が子を、そういう人間に育てたいですか?

(「はい、育てたいです!」という人はこの記事は無意味です。読むのをやめてください。)

最近は、日本経済のこと、
日本の将来的なことを見据えて、
「自分で考えられる人間にならなきゃだめ!」
と主張する人が増えてきました。

そう主張する「指導者」がたくさんいるのだけど、
そう主張しているのに、
生徒や弟子や門下生が、
先生と同じことをしているのをよく見かけます。

一応、先生の真似をしておくことで、
とりあえず(!)いい作品が作れたり、実績ができる。
でも、「自分で」自分の考えで創造して行動するところまではいっていない。

私は、小学校のころ油絵を習っていました。
大人のクラスに小学生ひとり混じって。
先生が大人の生徒さん相手にいろいろ話していたこと、
分からないながら聞いていて、心に残っていることがたくさんあるのです。

 

その一つが、


「絵の先生で、その先生の生徒さんがみんな同じ絵を描いてたりすることがあるのよね。
有名な画家で、生徒さんは先生みたいな絵を描けるようになるんだけど、それは違うと思うの。
私のクラスの生徒さんたちは、みんな違う。
それが私の教室の良さだと思う。」

という言葉。

世界を知らない小学校5年生の私の心にもしっかり残りました。

シュタイナー学校で、小学校でぬらし絵を描くとき、
先生がひとつひとつ指導します。

青がここにしのびよってきて(塗って)、
次は黄色をこんな形に入れたら葉っぱができて・・・
などと、お話しながらみんなの前で先生自ら絵を描いて説明をします。

先生がやったことを真似して、子どもたちは自分の絵を描きます。

同じことを同じように指導されたのに、
できあがった絵がまったく違うのです。
個性あふれるさまざまな絵。

例えば、同じ場所に木があるのに、
木の形も大きさも、力強さや風に揺れる姿など醸し出すものがまったく違う。

子どもたちは先生のお話を聞きながら想像力をかきたてています。
絵を描きながら、
ぬれた紙の上で自由に動き回る絵の具の様子を見て、
また想像が膨らみます。

同じように指導されているのだけど、
心は自由です。

それが作品に個性として現れる。

同じことをしているように見えて、個性を育てているシュタイナー教育。

学年が上がるにつれて、もっと自由度が上がり、
生徒たちは自分で考えることを身につけていきます。

シュタイナー学校の高校生たちの考え、洞察力、すごいですよ。

自由に、自分で考えて行動できる人間を育てる。
確かにそういう教育がシュタイナー学校では行われています。

算数の授業に算数以上のものを求めよう!

お子さんの教育に何を期待しますか?
学校には何を期待しますか?

勉強ができるようになることですか?

社会生活とか友達関係を身につけることですか?

大学時代の友人で、公立学校教員になった人が、
「私は、勉強を教える! 道徳とかしつけとか、勉強以外のことは家庭でやって!」
って、叫ぶように熱弁してました。

確かに、勉強を教えることで、
先生の仕事はかなりいっぱいいっぱいだと思うのです。

友人にしてみれば、「叫びたい」くらいの状況だというのもよーくわかります。

でも、先生の仕事がとっても大変だということをよくわかった上であえて言います。


「勉強を教えること」に専念すればするほど、
勉強を教えることが結果的に大変になってきます。

「学級経営」だけでない「しつけ」の部分ができていれば、勉強に集中できます。
クラスというグループだけのことでなく、
一人一人の生活という意味でのしつけです。

 

いいことと悪いことが、
納得できて心にしっくりくるくらいによくわかっていたら、
人間関係もうまく育てやすくなります。

そして、社会に起こる出来事をみたときに、
いろいろ考えることもでき、
自分の意見を持つこともできます。

つまり、自分から考えて学びを深めていけるようになります。

算数と道徳なんて関係ないと思う人は多いでしょう。
でも、数字を扱える、
計算ができる、
お金の勘定ができても・・・

「算数がどうやって世の中の役にたつか」を学ばなければ、
算数をいいことに使えず、
悪用することだってできるでしょう。

悪用するのは武器や刃物だけじゃない。
人間の心が育っていなければ、
数学や科学などの学問だって、
その学問から道徳が切り離されていれば、
人を陥れたり傷つける道具にだってなるのです。

 

 

「道徳」とか「しつけ」とかこころを育てることが、
「道徳の授業」みたいに他の教科と切り離されたところで行われるのではなく、
他の授業のなかに溶け込んでいるということで生きたものになります。

 

シュタイナー学校の授業では、
算数の授業をしていても、
算数と人間のつながりとかを切り離して考えません。
お金のことを学べば、
どうして人間にはお金が必要になって、
どうやったらお金を人の役にたつように使えるんだろう、
ということを考えたりもします。

切り離したら、どこかで狂ってくる。

学校の授業だけを考えたって、
総合的に算数も道徳も国語も芸術もつながりを持たせるから、

2+2+2+2=8の学びではなくて
2x2x2x2=16の学びになるんです。

私が制作しているe-waldorf の講座や教材でも、
心に響くこと、考えること、道徳的なことを織り込んでいます。

「リズミックエクササイズ講座」では、
2日に1通、メールをお届けしています。

そのメールのなかで、
エクササイズ内容に加えて、

学ぶことの意味、
シュタイナー教育の学び、
子どもの成長、
継続する方法、
人生観にかかわるものごとの考え方など、

短い文章ですが、継続的にお届けしています。

受講者さんからこんなメッセージが届きました。

今はできなくてもとりあえずやってみる、いつか繋がるということを先生から教えていただきました!

なんだか道徳の授業と似ていますね。今はすぐに心から納得できなくても、物事の善悪が分かるようになるために、日々子どもへの働きかけは続けていく、というようなところが。

いつかは繋がる、理解してくれるであろうことを信じて子どもに接するのは、算数もしつけもみんな一緒なのかな〜と感じています。

種をまいておくのは今のうちということですね 笑

これからも続けます。

先生よろしくお願いします!!

(リズミックエクササイズ講座受講者、湯浅範子さんのことば)

 

同じメッセージを送っても、受け取り方はさまざまです。
でも、その人にとって必要なものが、伝わります。

私の伝えたいことのなかから、
必要なことが届いて、なんらかの気づきがあれば、
子どもの教育に影響していくでしょう。