シュタイナーのことば (53)

通常は、幾何学、数学はあたまでなされるものではないということが知られていません。もし足で角度を測定することがなかったなら、頭は角度を思い描くことができません。幾何学的に歩き、幾何学的にものをつかむことがなければ、そもそも幾何学はなかったでしょう。それらの身体の動きが頭にいたり、表象の中に現れるのです。

シュタイナーのことば (52)

運命がどのように地上性から地上性へと織り成されているかを考察しはじめると、通常の生活においては本質的でないと思われることの多くが非常に重要であり、非常に重要と思われることがわずかの意味しかないことがあります。

 

 

 

 

カルマの形成

ルドルフ・シュタイナー著

西川隆範訳

シュタイナーのことば (51)

もし眠ったり休んだりすることができなければ、わたしたちは神々の霊性がこんなにも美しく人生のなかにもたらしてくれたあらゆるものを、正しく目で見たり、耳で聞いたりすることができなくなります。考えてもみてください。1日を楽しくすごしたあとみなさんは夜休息しなければなりません。するとみなさんは、朝には再び元気になります。みなさんの目はよりよく見、みなさんの耳はよりよく聞くようになります。一方、もしいつも目覚めていなければならないとすると、みなさんは神々が作り出した人生を完全なる真実と美において享受し、自分のものにすることがまったくできなくなります。

シュタイナーのことば (49)

年上の人々がこれまでやってきたこと、言い換えれば学校でこれから学ぶ事柄に、子どもたちの敬意と尊敬が向けられること、それが大切なのです。初めから子どもの中に、周囲の文化現象に尊敬の眼を向ける態度がなければなりません。そうすれば、子どもはこの世の経験をすでに積んできた人たちを自分よりも高次の存在であると思えるようになります。子どもの心の中にこのような感情が呼びおこされなければ、教育の現場で私たちは決して前進できないでしょう。