我が家流子どもの自立ー食事当番制が軌道にのってきました 

こんにちは。
石川華代です。

 

今日は軽く我が家の子育てのこと・・・など書いてみようかと思います。

 

我が家は、息子ふたり。
今13才と14才です。

 

早くから、自分のことは自分でできるようにしてきました。

 

小学校3年生くらいから、
お弁当は自分で詰めるようになりました。

 

小学校5年生くらいから、
自分の洗濯物は自分でするようになりました。

 

中学校に入って、
朝起きて準備して、
朝ごはんも自分で用意して食べて、
全部自分一人でやって「いってきまーす」
・・・とできるようになりました。

 

いろいろできる子達ですが、
好き嫌いもあるし、
得手不得手もあります。

 

それに加えて、
思春期男子。

やれるやれないと言う問題じゃなくて、
とにかく、
親に言われたことは、
”NO”で返すのが基本のお年頃です。苦笑

 

特に、
なかなか難しいのが、
食事の支度と後片付け。

 

料理するっていうことそのものに、
まったく興味がわかない子達です。

 

でも、食は生きることの基本だし。

 

何しろ、
私も手抜きしたい。(笑)

 

 

トライ&エラーを繰り返しながらも、
最近、
やっとうまく軌道に乗ってきたなあ・・というのが、

食事の当番制です。

 

週7日の晩御飯のうち、
長男1回、
次男1回、
私2回、
夫3回、
・・・と当番制にしました。

 

我が家では、私が大黒柱で、
私の仕事量が一番多いので、
私は2回。笑

(夫から提案してくれました)

 

こどもたち、
料理をするのは、
週1回でも嫌なんです。

 

前、当番制にしようとしたとき、
なかなか続かなかったんですね。

 

考えてみると、料理の前に
メニューを決める
・・・というハードルがあったからだと気づきました。

 

なので、
前日から
「明日、あなたの料理当番ねー、何作る?」
とか心の準備をさせておいて、
「じゃ、麻婆豆腐つくる?」
とか、メニューも提案してしまいます。

 

そうすると、
メニュー考えなくてもいいから、
少しハードルが低くなる。

もう、心の準備もできている。

私も、材料は用意しておく。

 

それだけの違いで、
晩御飯当番制が続くようになりました。

 

 

ちなみに、
夫もね・・・
同じようにハードルを下げてあげないと、
なかなか続きません。

 

なので、
わざわざ料理本とかみて、
これ美味しそうじゃない!?・・・とか
前日から洗脳・・・いや、
心の準備をさせる。

 

しばらくこの調子で慣れてきたら、
メニューを自分で考えられるように作戦たてます。笑

 

子育てはぼちぼちと。
でも着実に進む。

ついでに夫育ても。苦笑

(結婚した当時は、家事一切何にもやってくれませんでした)

 

 

さて、
昨日は私の食事当番の日でした。

黒米入りごはん、
きんぴらごぼう、
ひじきの煮物、
切り干し大根の韓国風和え物、
トマトときゅうりのサラダ。

 

私しか和食を作る人がいないので、
週2回のなかで、
ほそぼそと和食を。

 

ああ、おいしかった。
(自己)満足。 笑

 

 

 

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学ぶことは面白くないもの・・・? 

 

こんにちは。
石川華代です。

 

この数日、なんだか、

「勉強なんて面白いわけがない」
「勉強が面白いなんて幻想」

・・・という言葉が目に飛び込んできます。

 

 

そんなことを、
日本を引っ張っていく立場のエリートが発言しているから、
すごく残念。

そして、
そういう考えになってしまった人は、
かわいそうだと思います。

 

 

今更のことではないですが、

いろいろな教育法、教材、勉強法などを見てみると、

 

 

つまらない勉強を少しでも面白くするための工夫がいっぱいです。

教材にキャラクターをのせたり、
キャラクターに吹き出しがついて話してたり、

不必要な飾りがあったり、

本来の意味とかけはなれた語呂合わせの記憶法があったり、

得点することでゲーム化していたり。

 

 

・・・という工夫がいろいろなされているのだけど、

 

それが
「勉強はつまらないもの」
という前提なのが気になります。

勉強はつまらない・・・

だから、
小手先の表面的なことで、
子どもを勉強させる工夫をしてる。

 

 

 

で、

勉強はつまらないものなのでしょうか?

 

 

確かに、
試験で点をとるだけの「勉強」は、
本来の学びの喜びより、
達成度が目的だと思います。

 

でも、

 

新しいことを知る喜び、
自分で考える喜び、
自分で発見する喜び、
自分が成長する喜び、

 

・・・それは、
どんな人間でも感じ取る、
本能的な喜び。

 

子供の学びの中に、
どれだけ、
そういう喜びがあるでしょうか?

 

みなさんは、
子供のころ、学校などで、
そんな喜びのある学びをしてきたでしょうか?

 

 

自分がしてきていないからといって、
「学校の勉強なんてつまらないものよ」
っていうのはとても残念。

 

だって、
面白い学びが、
実際にあるのだから。

 

 

私は、小・中学生向けのIDEALで算数・数学を教えていますが、
こんな感想をいただいています。

 

数学を楽しみながら、力もすごくついています。
都合でその時間に参加出来なくても、ビデオで見れるのが本当に有り難いです。そして、それを嫌がらずにちゃんとやるのも楽しいからなのですね。
私は、数学が好きでしたが、数学にこんなに美しく楽しい世界があるなんて知りませんでした!本当に学ばせてあげることができて良かったと思っています。そして、現代の機器を使って、世界中の方と繋がれるのもすごく良かったと思っています。(千葉県 K.Kさま)

 

 

そして、
「シュタイナー算数教員養成コース」で、
シュタイナー算数・数学を教えていますが、

「算数・数学嫌いでした!」
という受講者さんが
「算数がこんなに楽しかったなんて!」
と言います。

 

もともと算数・数学好きだった人たちも、
「自分が知っていた算数・数学とは違う喜び、楽しさがある!」
と言います。

 

 

そんな、
学び本来の喜びを
お子さんに伝えたいと思いませんか?

 

これから先の人生で、

「学ぶことは面白くないけどやらなきゃいけない」

と思いながら、
いやいや学んでいくことと、

 

「学ぶこと、知ることって面白い」
と思いながら、

もっと知りたくて、
もっと成長したくて、
心から学ぶことを欲していく人生と・・・

 

・・・みなさんは、
どちらが良いと思いますか?

 

みなさんのお子さんたちには、
どちらの生き方をしていってほしいと思いますか?

 

どちらのほうが、
より大きく、
すくすくと、
健やかに、
心豊かに、
たくましく、
人生を生き抜いていくと思いますか?

 

 

シュタイナー教育では、

そんな人間の生き方の基盤をつくる教育をしています。

 

★ ★ ★ ★ ★

 

IDEAL(イデアール)では、
シュタイナー教育の算数・数学教育で、
シュタイナー学校に通っていない子どもたちにも、
その「学ぶことの本来の喜び」を伝えています。

 

今月、体験レッスン+説明会がありますので、
興味のある方はどうぞご参加ください。

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シュタイナー学校を辞めていくこどもたち(2)男女の違い

 

こんにちは。
石川華代です。

 

先日の記事
「シュタイナー学校を辞めていくこどもたち(1)」
は、予想外の反響でした。

 

 

前回書いた理由だけでなく、
シュタイナー学校を思春期のあたりでやめていく子どもたちがいます。

 

 

特に男の子。

 

だから、
今日はちょっと思春期の男女の違いについて、
書いてみようと思います。

 

 

 

前回も書いたように、
特に男子にとって、
コンピュータを使わないとか、
最先端技術とはほどとおい、
原始的(!)と思えるようなことをやっていることも、
ひとつの不満点にはなるのですが・・・

 

もっと大きな原因は、

チャレンジした結果の、明確な評価基準がない。

ことだと思います。

 

 

シュタイナー学校の中等部、高等部では、
到達度を確認するための簡単なテストはしますが、

本当に簡単なもの。

 

テスト、テスト・・・で、
得点や数値による評価に追いまくられている、
一般の学校とちがい、

とても伸び伸びしています。

 

勉強だけのことではなく、
運動会や球技大会で勝負することもないし、
スポーツ技能の測定も行われないので、
勝ち負けがある活動が、ほとんどない。

 

それは、いいことでもあるのですが・・・

でも、その反面、
自分がどのくらいできているのか、
客観的な評価がはっきりしない・・・という面もあります。

何を目標にがんばったらいいかはっきりしない。

挑戦するものがないように思えて、
なんとなく物足りない。

 

 

思春期のころ、

女の子たちは、自分の内側に向かいます。
自分の内で、自分で評価することもできます。
自分の心が納得すればokです。

 

ところが、男の子はそうはいかない。

自分の中ではなく、
外に評価をもとめます。

外から評価してもらうことが動機にもなり、
闘志がうまれ、やる気も出る。

 

だから、この年齢の男子は、
ちょっと厳しいスポーツのコーチにつくことで頑張れたりもする。

なんらかの形でスコアが測れると、
自分がどれだけ進歩しているかはっきりわかるし、
数字を目標にして頑張ることもできる。

 

 

シュタイナー学校でも高等部に入ると、
宿題も増えます。

毎年、8年生、9年生あたりの保護者会で、
同じような会話がくりひろげられます。

 

「宿題が多すぎる。毎日夜中までやってる。ちょっと減らせないか。」

そう言うのは、
たいてい、女子の保護者です。

それを聞いた男子の保護者が、
「え? そんなに宿題出てるの? うちの子、ぜんぜんやってないけど?」
と反応する。笑

 

シュタイナー学校の課題は、
エポックノートをまとめるとか、
エッセイをかくとか、
創造する部分が多い。

女子は、自分が納得することが基準だから、
どこまででも頑張っちゃったりする。

男子は、
自分基準ではなくて、
他人基準なので、
「1ページって言われたから1ページ書いたらおしまい」
とかなったりする。

興味が出た時だけものすごい頑張るけど。笑

 

 

 

 

シュタイナー学校では、
そういう意味で、
外部からのプレッシャーもなければ、
明確でわかりやすい客観評価もない。

そういうところが、
男子には物足りなかったりします。

 

 

競争心を利用して勉強させるようなことは、
極力さけているシュタイナー教育。

 

成績評価が目的になるのではなく、
学ぶことそのものが目的になるような教育です。

 

 

でも、
男の子は本来、
闘争心を生まれながらにしてもちあわせています。

誰に教えられるともなく、
自然にチャンバラごっこをし、
戦いますよね。

 

「なんで男子はいつも戦ってるの?」
って、悩んだことがある
男の子のママも結構多いのではないかしら?

 

戦い=暴力

と考えると、好ましくないですよね?

 

でも、闘争心そのものは、
悪いことばっかりでしょうか?

闘争心があり、戦意があるからこそ、
問題に立ち向かって行ったり、
チャレンジしていく強さが出る。

 

そしてこの時期の男子は、
その闘争心が、自分の外にむいている。

 

その、闘争心の外向きのベクトルをちゃんと理解して、
そのベクトルの向きにあわせたら。

男子の競争心、闘争心を、良い方向へうまく使って、
いい目標にむかって、
健全に闘争心を発揮させる。

闘争心をうまく発散させてやることによって、
闘争心が暴力などの悪い方向へむかわない。

発散することで落ち着く。

 

それなのに、
シュタイナー学校に
そういう場面があまりなくて、

 

思春期あたりに学校を辞めちゃったりする。

 

ああ、残念。もったいない。

 

シュタイナー学校の挑戦は、

他人や、
客観評価との挑戦ではなく、

自分自身への挑戦であることが多いです。

 

 

 

 

男子が辞めて行ってしまうのも残念だけれど、

学校に、
男子が闘争心を燃やすような挑戦がない
・・・というのは残念だなと思います。

 

シュタイナー学校、中高等部にとって、
真剣に取り組まなければならない課題だと思います。

 

 

テスト攻めにすることなく、
男子が頑張りたくなっちゃうような挑戦のかたちをつくること。

 

 

 

 

日本の中高生は、
外部からの評価されるものが多すぎて、
それだけでも手一杯になってしまうことが多いので、

今この記事で書いているのとは状況がかなり違うでしょう。

 

でも、
男子と女子の違いは、やはり知っておくと良い。

 

間接的にでも、
ちょっとしたヒントになれば、
幸いです。

 

 

 

シュタイナー学校を辞めていく子どもたち(1)

 

こんにちは。
石川華代です。

 

小学校5、6年生、
そして学年的な切り替わりの8年生の終わりなどで、

シュタイナー学校を辞めていく子どもたちがいます。

 

 

実は、その多くが、
男の子です。

 

 

そのくらいの年齢になると、
外の世界にも目が行き始めて、

他の学校に行っている友達と、
自分たちがシュタイナー学校でやっていることが、
かなり違っていることが気になり始めます。

 

 

シュタイナー学校の子どもたちが、

 

お遊戯みたいに体を動かしたり、
エポックノートに、
色鉛筆で絵を描いていたり、
工芸や手仕事をしていたりするのが、

子どもっぽく見えます。

 

 

かたや一般の学校では、
難しそうな教科書を持って、
ノートにペンで問題を解いたりしている。

 

もちろん、色鉛筆なんかではなく、
カラーペンで、印をつける程度で、
絵なんかノートに描きません。

(落書きは除く 笑)

 

 

なんかそう言うのが
大人っぽく見えるんですね。

 

 

わけのわからないオイリュトミーもしていない。

オイリュトミーはとても大切なのですが、
彼らにとっては「わけのわからない」ものであること多く・・・。涙

 

 

彼らには、
シュタイナー学校でやっていることが、

「勉強っぽくない」
「格好悪い」
「子どもっぽい」

ように見え、

簡単すぎるように思えてしまう。

 

他の学校の子どもたちのように、
テストのために一生懸命演習したりしている方が、
すごく「勉強」しているように見える。

 

なんだか自分が
同年代の他の子達から
取り残されているようにも感じてしまう。

公立の子達の方が大人びていて、
ずっと難しそうなことをしているように見える。

 

公立ではコンピュータを使ったり、
最先端のロボット工学を勉強したりしている時に、
シュタイナー学校では、
蒸気機関についての実験をやっていたりする。

もちろんそれには大事な意味があるわけですが、

最先端のことをやっている方が、
格好良く見える。

 

自分ももっと「大人っぽいことをしたい」と思うし、
「もっと成長したい」と思うのです。

 

成長って何なのか? ってことは、
もちろんわからないまま。

 

 

その気持ちが募って、
他の学校へ転校する。

 

 

転校後、
もちろん反応はその子によって違うのですが、

「シュタイナー学校の外に出てみたら、
勉強はもっと簡単だった。」

「勉強がつまらなくなった」

 

と言って、
シュタイナー学校に戻ってくる子が、
かなりの確率でいます。

 

シュタイナー学校の外に出たら、
テストも宿題もいっぱい。

逆に大変になるかと思いきや、

「簡単」だと。

 

 

どう言うことか想像できるでしょうか。

 

 

シュタイナー学校では、
自分が「創造」しなければいけない学びが多いです。

 

創造するために、
生半可な理解では作品は作り出せないし、

言われたことをやっているだけでは、
課題はこなせません。

 

テストで評価されると、
言われたことを理解し、
課題の範囲を頭に入れておけば点が取れる。

 

つまり、言われた通りに、
最高で100%やっておけば良くて、
それ以上やる必要はない。

課題のために150%の力を出しても、
テストの点には現れないし、
誰も評価もしてくれない。

 

 

シュタイナー学校のように、
創造するとなると、
どこまででも自分を試すことができます。

 

それは、ある意味、
自分との戦いでもあります。

 

先生基準のテストではなく、
どこまでやるかは自分次第。

 

だから、人に認めてもらうため、
人に言われたことをやっていればいい、
と言うのではなくて、

自分基準でどこまでいけるか。

 

 

やる子は、大学の先生さえも唸らせるような作品を仕上げる。

 

 

自分基準って、
厳しいのです。

 

そして、
やりがいがあって、

学んでいる実感があって、

実感だけでなく、本当に学んでいる。

 

 

 

シュタイナー学校を辞める前は、
青々と美しく見えていた、
他校の青い芝生が、
そこに行ってみたら、
全然青くなかった。

 

 

 

そして、
辞めてしまう子どもたちの、
別の辞める理由もあるんですね。

 

そのことは家庭教育にも反映できると思うので、
別の記事で改めて書きたいと思います。

 

もっと見る

イギリスのシュタイナー学校への圧力のこと

 

先日もイギリスのシュタイナー学校に対する政府からの圧力のことをFBに書きました。

 

あれだけでは、何が起こっているのかわからないと思いますので、もう少し実情を書いた2月1日発行のe-waldorf newsletterをここでシェアします。

 

e-waldorf newsletter シュタイナー学校への圧力(イギリスの現状)

 

この記事を書いていた時点ではまだ私の知らなかった事実が、その後明らかになり、うかうかとしていられない圧力がシュタイナー学校全体にかかっているのがわかりました。

 

現時点では、まだ6校が閉校の危機に立たされているだけですが、オフステッド(イギリスの教育監査機関)は、イギリスにある全シュタイナー学校を同じように監査すると言っています。

 

今回問題になっている監査は、ソーシャルケア専門のインスペクターが、シュタイナー学校の弱点である「安全管理」「リーダーシップ」「運営」に特に焦点を当てて行われています。そして、肝心の「教育」に関して全く監査をしないまま、「安全管理」「リーダーシップ」「運営」がオフステッドの求める基準に満たないという理由で、閉校の圧力をかけられているシュタイナー学校が何校もあります。どう見ても、弱みにつけ込んだ偏った監査です。潰すことを最初から目的にしているように思えます。

 

「安全管理」については、上述のnewsletterにも書いたので、ご覧ください。

 

「リーダーシップ」もシュタイナー学校の、弱点となりえます。というのは、シュタイナー学校では教職員が平等の立場にあり、校長もいません。リーダーが学校を引っ張っていくということ自体が、シュタイナー学校の社会観念からずれています。だから、世間一般のリーダーシップの基準で見ると、どうしてもそこは弱点です。

 

今までも、オフステッドの教育基準と、シュタイナー教育の思想は相容れないものがあり、シュタイナー学校はオフステッドにとっては邪魔な存在でした。あるシュタイナー伝統校が問題追求され、閉校に追い込まれ、そこから一気にシュタイナー学校潰しが始まったようです。

 

ここで公開することを実は躊躇しました。シュタイナー学校を快く思わない人にとっては、シュタイナー学校が政府から潰されそうになっているなんてことは格好の批判材料になるからです。

 

 

でも、批判されることを恐れて、事実を隠そうとすることは、私たちが正しいと信じていることさえも隠してしまうことになります。隠していたら、シュタイナー学校をサポートしたいと思っている人にも何も伝わりません。

 

 

閉鎖されてしまった伝統校も、もっと事実を公表していたら、他のシュタイナー学校からもっと支援することもできたはずなのです。部外者には何も情報が公開されていなかったから、部外者は支援もしようがなく、遠巻きに見守るしかなかったのです。手出しできないまま、なんとか立ち直って欲しいと応援する気持ちも虚しく、閉校になってしまいました。

 

 

オフステッドとシュタイナー学校の教育思想の違いは大きく、教育について議論したら平行線をたどり解決しないでしょう。でも、私たちシュタイナー教育関係者は、シュタイナー教育が本当に良いと思って追求してきています。隠すようなことも、恥じるようなことも、何もしていません。だから恐れずに、わかっていることだけでも公の場で書くことにしました。

 

 

イギリスのことは、外国のことです。ドイツにいる私にとって、息子たちの学校は安全だし、直接的被害を被ることはありません。まして、日本から見たらはるかかなたの出来事ですよね。でも、イギリスのシュタイナー学校がこんな形で何校も閉校させられることになったらどうなると思いますか? 世界にある1000校以上のシュタイナー学校の評判が落ちることは間違いがありません。シュタイナー学校は世界最大のオルタナティブ教育ムーブメントです。シュタイナー学校を批判する人たちにとっては、格好の批判材料です。そこを標的にして攻撃しようとしたら・・・イギリスのシュタイナー学校のように潰されることだってありうるでしょう。

 

 

どうか、対岸の火事だと思わないでください。

 

 

今、ブリストルシュタイナー学校が、署名活動と、法的に裁判で戦うためのファンドレイジングをしています。でも私は、ブリストルだけのことではなく、シュタイナー学校全体が協力して対抗していかなければ政府には勝てないと思います。これからもっと生き残りのための活動が出てくるはずだし、それをサポートしていきたいと思っています。

 

 

今日、夫が、ゲーテアヌム教育部門のリーダーに会い、この問題について話をしました。もちろん彼は、この問題のことを懸念しており、近くイギリスへ行き、サポートすることがもう予定されているそうです。

 

 

 

 

ご協力に感謝します。

ブリストルシュタイナー学校を支援する署名

ブリストルシュタイナー学校が法的に戦うためのファンドレイジング

 

 

 

自立した子どもを育てるには・・・?

 

 

こんにちは。
石川華代です。

今日は私の子育て話でも。

 

私には、二人の息子がいます。
13歳と14歳。

 

朝、目覚まし時計がなって数秒で、
起き上がり、
バタバタとバスルームへ行き、
シャワーを浴びます。

そして、キッチンへ行き、
朝ごはんを用意して、
食べて、

後片付けは、
するときと、しないときとありますが・・・苦笑

 

学校の準備をして、
出かけていきます。

 

 

1年前までは、
起こさなければ起きなかったのに。

 

 

ランチも自分で作るし、

週1回ずつ、
必ず晩御飯を作ります。

 

自分の洗濯物は自分でします。

 

 

私、相当、怠け者ママですね。笑

 

 

そういう話をすると、
羨ましがられるし、
どうしたらそういう子が育つのか聞かれます。

 

なので、ちょっとここでその話を。

 

まず、幼児期。

 

身の回りのこととか、
まだ自分ではできません。

 

だからと言って「お世話」しない。

 

掃除の仕方も一から教え、
一緒にやります。

料理も、小さい頃から。

包丁の持ち方とか、
危険な道具も使い方をちゃんと教える。

 

大変です。

自分でやっちゃった方が楽です。

 

そこを我慢して、

将来、自分でできるようになって、
自立できるように。

そして、将来、
母親が楽できるように!!!(←これ大事)

 

母親は「お世話係」ではありません。
母親は「育てる人」です。

 

お世話してしまっては、
子供は育ちません。

 

だから、幼児期、小学校と、
まだまだ覚えることがいっぱいのうちは、

 

母は大変だけど、
よく子どもを見て、

一緒にやる。

 

子どもの様子をよく見て、
子どもを信頼して子どもに任せる。

 

そして、
徐々に子どもに任せることを増やしていきます。

 

 

怠け者ママバンザイ!
だけど、
怠けるところを間違えるととんでもないことになります。

 

例えば、

ママは大変。
ちょっと楽したい。
だから、こどもにテレビやゲーム与えておいて、
ちょっと静かにしていてもらおう。

 

これは、その時は楽できても、
ママが、後々怠けられなくなります。

 

ママは休むなって言っている訳じゃありません。
ママにも休養は大事。
ママも自分の時間はとって欲しい。

でも、どうやって自分が楽するか・・・
うまく工夫して欲しい・・・と思うのです。

そのためにもパパにもできるだけ協力して欲しい。

 

10歳になる前くらいに、
しっかりと身の回りのこと、
自分のことを自分でできるようにしておく。

 

思春期になった頃には、
もう、自分のことは自分でできるようになっている。

 

ただ、思春期なので、
できるけどやりません。笑

 

そこで、
「やりなさい!」
とうるさく言うのも面倒だからと、
母は、つい手を出してしまう。

・・・なんてこともしない。

 

しつこいですが、
母は「お世話係」ではありません。
母は「育てる人」です。

 

こどもに必要とされることって、
母親として嬉しいですか?

 

ちょっと素っ気なくなった思春期の子どもたちに、
あれやって、これやってーと、
ちょっと甘えた声でお願いされたら、
嬉々としてやってしまったりしていませんか?

 

 

でも、

こどもに必要とされなくなったら、
母親として、いい仕事をしたのだと思います。

こどもに何もしてあげなくても、
かけがえない母親であることは、
変わりありません。

 

先日の記事でも書きましたよね。
条件なしで認めることについて。

 

「気配りができるいい母」
とか
「きちんとお世話ができるいい母」
と言うように、

「気配りができて」「お世話ができる」とか言う
「条件つき」でなくたって、
母は、大事な、
たった一人の母。

存在しているだけで、価値のある存在。

それが、母親、父親です。

 

そう、自分を認めてあげてくださいね。

 

そう自分で自分を認められたら、

こどもに必要とされなくなった時も、
寂しくないはず。

 

 

思春期になった頃、
子どもが自立していく準備をするとともに、

母も子どもを手放す準備が必要。

 

だからこそ、
母が自分自身の生きがいを持つ。

子どもを生きがいにせず。

 

子育ては、
自分を育てること。

 

子どもと一緒に、
私たち親も育つチャンスです。

 

さてさて、
私は今日も怠け者ママ。笑

 

 

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世界の美しさって何ですか? あなたはどんな美しさを子どもに伝えますか?

 

こんにちは。
石川華代です。

 

先日のブログ記事で、

「世界の美しさを教える」

というところが、
シュタイナー教育の、大事な特徴の一つだと書きました。

 

よく、
私のところに来る人たちに、
シュタイナー教育の魅力、シュタイナー算数の魅力を聞くと、

美しい

 

っていう人が多いのですね。

 

 

多分、
エポックノートとか、
フォルメンや作図の美しさとかの印象が強いのだと思います。

 

 

で、

みなさんが見ている
「世界の美しさ」
って、どんなですか?

 

みなさんにとって、
世界のどこが美しいと思いますか?

 

 

みなさんは、
大人として、親として、教師として、

 

子どもたちに、
どんな「世界の美しさ」を伝えるのでしょうか?

 

 

なぜこんなことを聞いているかというと、

 

私たち現代人は、
あまりにも、本来の美しさから離れすぎていたり、
感覚が鈍っていることで、

 

美しさを知らずに生きている。

 

・・・人が多い。
(みんなとは言いません)

 

みなさんの、つまり大人の、
「美しい世界観」が、
そのまま子どもに伝わります。

大人が気づいていない「美しい世界観」は、
伝えようもありません。

 

だから、
大人の私たちが、
「世界って美しい!!」

・・・って世界を抱きしめたくなるくらいに
実感していたいものです。

 

 

 

世界の美しさの例をあげてみましょう。

 

自然が美しい。
これは容易に想像がつきます。

でも、どう美しいのでしょうか?

 

形が美しい。花が美しい。色が美しい。

 

そういう、目で見てわかることはもちろんですが・・・

 

そこにある力が美しいし、
そこにある法則も美しい。

 

シュタイナー学校では、そんな美しさも教えます。

 

 

そして、人間は美しいです。

 

「人間の美しさ」
って、すごく大事な「世界の美しさ」の一つです。

 

で、
人間のどこが美しいですか?

あなたは、どう思いますか?

 

美しい人のことを思い浮かべて、
リストアップしたら、
どんな人間像が浮かび上がるのでしょうか?

 

 

 

 

美しい行為をしている人は、
文句なく美しいですね。

 

頑張ってる人も、
成果を出した人も、
美しいですね。

 

一生懸命何かに打ち込んで、
キラキラ目を輝かせている子どもも、
文句なしに美しいです。

 

 

でも、

 

キラキラしているどころか、
イライラしていたり、
乱暴だったり、
意地悪をしているような子どもをみて、
美しいと思いますか?

 

 

言い換えると、

 

間違いや困ったこともしているけれど、
その存在そのものが美しい・・・と思えますか?

 

つまり、
人間そのものを肯定する気持ちがありますか?

 

美しい人についてリストアップした時、

例えば、
「言いつけを守るいい子だ」
とか
「クリエイティブな才能がある人だ」
とかって、

 

「言いつけを守る」
「才能がある」
という条件付きの「美しさ」です。

 

 

「言いつけを守らない」
「クリエイティブな才能がない」
・・・としても、
美しいと心から思いますか?

(子どものしつけにイライラしてる時でも?)

 

いいことをしたり、
成果を出したり、
褒められるようなことをする。

つまり条件付きで、いい子だと思うのではなく、

 

子どもが、
ここに生まれてきて、生きているだけで、
素晴らしい存在だと、心から、思えますか?

 

親は、そう思えると思うんです。

心の中の本心は、
生まれてきてくれただけでありがとう!
って思ってると思うんです。

 

ただ、それを日常の中で、
忘れてしまっていたり、
ついつい条件付きの思考に慣れてしまっていたり・・・

 

 

 

シュタイナー学校では、

 

どの子も、
ありのままで美しい。

そのままで美しく価値のある存在。

 

そういう考えで教育をしています。

 

算数の授業の中でだって、
子どもの数だけ正解があるような問いかけや、
子どもの考え全部丸ごと受け入れるような、
先生の姿勢があります。

子どもたちは、
「自分のことを認めてくれている」
「自分は世界のなかでとても大事な存在」
という安心感を感じながら教育を受けていて、

 

自然と自己肯定感を育てていきます。

 

自己肯定感は、
他者肯定感でもあります。

 

みんな違ってみんないい。

 

そんな価値観が育っていく。

 

 

 

 

教育は学力だけのことではない。

 

というか、
学力と、
この心が、
両方バランスよく育つからこそ、
人間は力を発揮できる。

 

 

そんな教育を。
大人にも子どもにも。

私たち親から、意識を変えていきましょう。

 

まずは、美しいもの探し! ぜひ。

シュタイナー教育〜他の教育と圧倒的に違うところは?

こんにちは。
石川華代です。

 

教育って何だろう?

いい教育って?

 

私は、「考える力」ということをよく言いますが、
それだけのことではなくて、
集中力、
最後までやり遂げる力、
表現力、
想像力、
想像力、
・・・そんな、
「人間力」と言われる部分もあります。

 

シュタイナー教育はそれを総合的に育てている教育です。

 

そして、
同じような考えで、
考える力も人間力も育てている教育をしている先生たちも、
シュタイナー教育以外にいらっしゃいます。

 

では、
そういう教育と、
シュタイナー教育はどこが違うのだと思いますか?

 

目指すところは同じでも、
シュタイナー教育にしかないものがたくさんあります。

 

何だと思いますか?

 

 

色々あるけれど・・・

例えば、

 

 

世界が美しいということを学びます。

その世界に住む人間が美しいということを、
心で感じ取って、知る。

そして、自分も、
その美しい人間の一人であり、
価値ある存在だと知る。

 

また、
算数や国語などの教科を教えていても、
心の教育をもしていることも大きなポイント。

 

例えば、お金の勉強の時に、
お金とは何か?
何のためにあるんだろう?
お金は世界のためにどう役に立つんだろう?

そんなことを考えたり、
色々な体験を通して、
自分の考えを育てていきます。

 

 

美しい世界観を育て、
美しい世界を堪能したからこそ、

もう少し大きくなってから、
世界にある、
争いや戦争、差別、不平等などの醜い部分を見たときに、
世界を変えていきたい!
世界のために自分は何ができるんだろう!?
・・・という発想になり、
そのために行動する力も身に付けるのです。

 

この、「世界の美しさ」という観点、

 

他の教育ではなかなか見ません。

 

 

 

世界の美しさを伝える教育。
だからこそ、
シュタイナー学校で教える算数や幾何学、数学も、
世界の美しさが現れているのです。

 

幾何学に現れる美、世界を表す美

 

そして、この教育が育てていくのは、
本当に大事なことを自分の頭で考えることができて、
真善美を求める心がある人間。

頭だけでは何ともなりません。
本当に大事なこと、本当に美しいことを、
心底知っていて、それを求める強い心があってこそ、
頭もいい働きをするのです。

 

 

シュタイナー教育をお家でする教材、揃ってます。
e-waldorf のSHOPへどうぞ。

 

 

 

 

 

シュタイナー教育 答えはひとつじゃない

こんにちは。

石川華代です。

 

新年に、

今年はもっとブログを書こう!

・・・と思ったのに、

もう1月後半になってしまいました・・・。

気を取り直して書きます。笑


シュタイナー教育でひとつ、

とっても大事なことがあります。

それは「答えはひとつじゃない」こと。

いろんな答えがあって、

自分の答えを模索しながら見つけていく。

そんな学びのプロセスがあります。



シュタイナー教員養成講座や、

その他のシュタイナー関係の講座へ行くと、

慣れてない人は、

答えをすぐに教えてもらえなくて不安になったりします。



「で? 何が答えなの? ここでやったことのポイントは何?」

って。



答えを教えてもらうのが教育・・・

そんな教育で今まで生きてきたから、

そう思うのも自然ですよね。


シュタイナーの講座などでは、

答えを直接教えたりせず、

みんなで

感じたこと、

考えたこと、

自分なりの答えなど、

シェアしあったり、対話して、

さらに、自分の考えを深めていきます。



答えは、そこで見つかるかもしれない。


見つからないかもしれない。


見つかるのは10年後かもしれない。



でも、

体験をしたことで、

自分なりの考えができて、

しかも、考え続ける問いが得られる。



答えを教えてもらう教育は、

言われたことを受け入れるだけの教育です。

教えられたことを習得すれば合格できる教育です。

答えを教えてもらったら、

学びはそこで終わります。

それ以上考える必要もありません。

次の問題へ進んで、また答えを教えてもらう。

その繰り返しです。




自分で答えを見つける教育は、

考え続ける、つまり、学び続ける教育です。

自分の考えと体験を、

自分のものにし、人間を強く自由に育てる教育です。




だからこそ、

「考え続けられる問い」

というのは、

人生の宝なんです。




講座に行くと、

いろんな人がいます。

いろんな考え方があります。



講座で創造した作品が、その人を表します。

時には、恥ずかしくなるくらいあからさまに。



言葉では、

世間体などを気にして、

みんなと同じようなことしか言わない人たちも、

作り出した作品には、

その人らしさが現れる。



参加者同士、

自分とは違うものを目にして、

視野が広がる。



人それぞれ違うことって、

素晴らしいんだ・・・ってことも、

体験として感じ取れる。



体験として・・・ってところが、

すごく大事。

だって、

頭でわかったことと、

心に響く感じ方をしたことでは、

全く、違うから。



人智学だけのことじゃないけれど、

一人で独学で学んでいると、

どうしても、

自分だけの考えで結論づけてしまって、

独りよがりになってしまうことがあります。



だから、

仲間がいて、

それぞれの考え方に触れて、

ディスカッションしたりシェアしたり、

対話をすることで学んでいく場って、

人間を成長させていくんですね。




e-waldorfでは、

シュタイナー算数教育 教師養成コース

お母さんのシュタイナー学校

など、開講していますが、


どちらも、

体験を深く感じてシェアし、考える時間を取っています。



そこで現れる、

受講者さんからの問いや考えが素晴らしい。

その対話が、みんなをさらに考えさせます。



私は、

シュタイナー教育を広めたい、

・・・とは思っていません。



子どもたちが輝く教育を届けたい。

大人が成長して幸せに生きられる教育を届けたい。

・・・というのが目指すところです。



目的は、

シュタイナー教育

じゃなくて、

人間の成長なんです。




シュタイナー教育って、

人間を成長させる!!!・・・ってことが、

実体験から分かっているので、

シュタイナー教育に惚れ込んでいるし、

シュタイナー教育を仕事にしています。




目的と手段を取り違えると、

全く違ったものになってしまいますね・・・。




さて、

人間の成長のために、

私も学び、考え続けます。



一緒に学んでいきましょう。




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小学校6年生のお子さんをお持ちのかたへ〜IDEAL イデアール中学準備講座 最終募集

 

中学校へ入ると算数から数学へ変わります。

名前だけのことではなく、
内容が急に論理的・抽象的になり、
思考方法も変えないといけない。

そこで、数学嫌いになってしまう子どもが多いです。

算数から数学へのギャップが激しく、
途端に数学嫌いが増える時期です。

でも、それは学習内容の「ギャップ」だけのことではありません。

論理的・抽象的な学び、思考の、
準備ができていないのが大きな理由です。

 



抽象的なことに入る前に、
具体的な学びを十分してきているか?



体験と算数の概念が結びついているか?

小学校までの算数の「本質」が体にまで染み付いているか。
?

はたまた、

バランス感覚は育っているか?

形や大きさなどの認識力は育っているか?

・・・

そんな、数学とは関係ないように思われるところも、
数学の理解習得に、
ものすごく大きく関係しています。

 

一般の算数教育では、
そういう「準備」が十分でない場合がほとんどです。

 

だから、中学校の数学になった途端に、
わからなくなってしまう・・・。

だから、

IDEAL 中学準備講座では、
中学の勉強の素地になる、
バランス感覚や認識力を育てるアクティビティをし、

中学校の論理的・抽象的学習の準備になるよう、
具体的なものと抽象的なものの橋渡しになるような、
学びを3ヶ月間に凝縮して行います。

シュタイナー教育に基づいた、
クリエイティブで、
考える力を育て、
頭を柔らかくする。

芸術的で、
美しくて楽しい算数の学びです。

 

子どもが
「もっと学びたい」
「もっと知りたい」
と目をキラキラさせて集中して取り組むレッスンです。

ご存知のように、
中学に入ってしまうと途端に忙しくなります。

学習量も増え、
中学に入ってから焦っても、取り返すのは辛い。

だから、小学校最後のこの時期に。

1月9日 体験レッスンです。
中学準備講座受講お申し込みは、これで最後となります。

お子さんにとって大事な時期の、
貴重な講座です。
お見逃しなく。

 

 

 


e-waldorf IDEAL イデアール 

中学準備講座

 

イデアール 中学準備講座 2019年1月〜3月

毎週水曜日 18:00〜19:00
受講料 月10000円
イデアール入会金 6000円

体験レッスン 1月9日 18:00〜19:00  
体験レッスン料 3000円

体験レッスン料3000円ですが、ご入会が決まりましたら返金させていただきます。

 

イデアールご入会希望のかたは、まずは体験レッスンにお申し込みください。
折り返し、メールにてご連絡差し上げます。

 

 

 


体験レッスンお申し込みフォーム


IDEAL イデアールでは、楽しく創造力豊かに、考える力を育てる算数・数学レッスンです。シュタイナー教育の考えに基づいたレッスンですが、文科省カリキュラムや教科書を生かしたレッスン内容ですので、学校の勉強の理解習得を助けながら、算数・数学の学びを豊かに、深めていきます。